日経新聞 2007年6月4日 朝刊
急性肺損傷の遺伝子治療に、東大と横浜市立大の共同研究グループが動物実験に成功した。(東大医科学研究所の斎藤泉教授・鐘ヶ江裕美助教と横浜市立大学医学系研究科麻酔科の倉橋清泰准教授、馬場靖子研究員ら) 損傷を受けて大部分の肺胞細胞が死滅しても、増殖因子を発現させるアデノウイルスベクターを吸飲させることで、残存した肺胞細胞の増殖が早まり、マウスが死に至らずに済むという方法である。

「急性肺損傷」は、例えば肺炎、外傷性肺挫傷、薬物中毒などの際に急性に肺胞が機能しなくなったあらゆる病態を含み、我が国内の患者数は年間3-5万人、致死率は高く35-60%に達する。発症後数日の治療が生死を左右するが、その際行われる高濃度の酸素吸入自体が肺胞を傷害するというジレンマがあり、特効薬は無いため致死率が高い。
そのため、発症直後から残存する肺胞細胞を増殖させる遺伝子治療が考案された。ケラチノサイト増殖因子(KGF)を発現するアデノウイルスベクターを肺に吸引させる。高酸素により人工的に肺を損傷させた8日後では、コントロールマウスの生存率は0%であるが、このベクター吸引により80%へと劇的な生存率を得た。本法は、アデノウイルスベクターが吸引噴霧という簡単な方法で投与できること、投与後およそ3時間で発現が確認されるほど短時間で効果発揮が開始されること、このベクターは細胞染色体には組み込まれないため、効果が不要となる数週間後にはベクターは希釈され消滅するので安全性が高いと考えられること、等の特徴がある。非常に患者数の多いこの病気に対して、このベクターの特長を生かしたユニークな治療法となり多くの人命が救える可能性がある。