東京大学医科学研究所
遺伝子解析施設


Laboratory of Molecular Genetics
The Institute of Medical Science
The University of Tokyo


● 斎藤からのメッセージとこれまでの仕事(興味のある人はどうぞお読みください)●

ウイルス研究の面白さ
アデノウイルスはSV40と並んで1980年頃に精力的に研究されたウイルスの1つで、その研究の中からスプライシングの発見や最初の転写活性化蛋白(E1A)の発見が生まれてきました。大学院生の時このウイルスに出会った私は、小さなウイルスが極めて巧妙にしかも驚異的な効率で感染・遺伝子発現・自己複製を行うことに畏敬の念(?)を覚えました。トランスフェクションなど人間が考えた遺伝子導入法より数十倍・数百倍も高い効率でウイルスは太古の昔から自らが生き延びるために超高効率の遺伝子導入と発現を行っていたのです。例えば遺伝子発現だけを調べてもどのウイルスでもその巧妙さはまさに人知を越えていると思います。一方でこのすばらしいウイルスの能力を少しでも人間が利用させてもらえたら、まさに人知を越える方法やベクターが開発できるはずです。こんな考えに基づいて、私の研究室ではまずその特性が驚異的だと感動できる生物素材(ウイルスも含む)を探し、それを自らの目と手で納得のいくまで研究しその応用を図るという方針で研究を進めています。ウイルスベクターの開発と言っても、遺伝子治療の目的のためにウイルスベクターを人間の都合に合うように変えるようとするのではなく、逆にウイルスの驚異的な特性をまず深く知りそれを多くの人が利用できるようにと仕事を進める方が研究としてはるかに面白くまた実際に応用範囲の広い信頼できる基礎技術を生み出せると思っています。
医科研に来るまでの研究       (~1990)
当所の大学院生だった1981年、プラズミドにクローン化されたE1A遺伝子に変異を導入しこの配列をウイルスに戻した変異アデノウイルスを初めて作り出し、組換えウイルスとの出会いが始まった。次いで独自のアデノウイルスベクター作製法を開発しこの方法でB型肝炎ウイルス(HBV)遺伝子を発現する組換えアデノウイルスの作製に成功した(Saito et al., J.Virol., 1985)。このウイルスから発現するHBV mRNAとしてHBVのX遺伝子mRNAを初めて見出した(Saito et al., J.Virol. 1986)。英国留学中に遺伝子増幅に伴うゲノムDNA構造をcosmid walkingで解析し、新たなクローン化ベクターcharomidを開発してクローン化を行った結果、遺伝子増幅に伴う逆向き重複構造を見出した(Saito and Stark, PNAS, 1986)。このcharomidベクターはMolecular Cloningの教科書にも紹介されており、現在ニッポンジーン社から市販されている。国立予研では宮村達男博士とともにHBVの新規spliced RNAを発見し、次いで新たに見出されたC型肝炎ウイルス(HCV)の研究に転じた。血清疫学によりこのウイルスが肝癌発症に相関することを記載し(Saito et al., PNAS, 1990)、当時新技術だったRT-PCR法による初めてのHCV cDNAを分離し、これを用いてHCVのcore、E1、E2蛋白の発現同定を行いcore蛋白が血清診断に極めて有用であることを示した。これらの一連の仕事は現在のHCV血清診断法の確立に役立ったと思われる。
医科研でのこれまでの研究   (1991~)
組換えアデノウイルス作製法を改良し、従来の方法よりも約100倍の高い効率で作製できる方法(COS-TPC法)を開発した(Miyake et al., PNAS, 1996)。1990年頃には組換えアデノウイルスを作製できる技術をもつ所は世界に10カ所程度しかなかったが、遺伝子治療が米国で開始されアデノウイルスベクターが注目された時期と重なって当研究室の方法は国内で100カ所以上へ送付されて普及し、遺伝子治療研究やいろいろな基礎研究で利用されるに至った。1998年にはこの方法は宝酒造からキット化され世界的に市販されている。次いでCre/loxP系を用いた遺伝子発現のON/OFF制御系を開発した。この技術では組換え酵素Creを発現するアデノウイルスを「分子のスイッチ」として用いた結果、培養細胞染色体やアデノウイルスゲノムあるいはマウス染色体へ予め導入したconditional発現ユニットをCre酵素で効率的に発現ONまたはノックアウトすることができるようになった。この方法により、何らかの細胞増殖阻害作用のため持続的発現細胞株やトランスジェニックマウスがとれないような遺伝子、あるいはノックアウトするとマウスが致死的となり解析できなかった遺伝子が解析可能となった。これらの研究材料はすべて理研遺伝子バンクから配布されており、国内外で広く使われつつある。またこのような技術を更に応用し、組織特異的プロモーターの特異性を保ちながら発現量を格段に(10~50倍)増強する「二重感染法」を開発した。この方法は肝癌・胃癌をはじめとして各種の癌の特異的遺伝子治療に新たな展開をもたらしつつあるだけでなく、神経系細胞の機能研究など基礎研究でも利用が広がっている。最近は、組換え酵素Creが欠失導入だけではなく遺伝子置換反応をおこすことに着目し、この反応に最適な変異loxPのスクリーニングを行い新規の変異loxPを同定した(Lee and Saito, Gene, 1998)。この新規変異loxPを用いた「遺伝子置換法」という新技術はin vitroで解析する方法を確立して調べると10%ものDNAを置換できるほど高率に起こる反応であった。そこで遺伝子置換法を用いて、プラズミド上の目的遺伝子を複製中のアデノウイルスゲノム上に直接置換するという新しい戦略による「迅速組換えアデノウイルス作製法」を最近開発した。最近では急性肺損傷の遺伝子治療の開発と6ヶ月間の発現存続を可能にしたアデノウイルスベクターの開発を行い、新聞に発表されているだけでなく(この頁最初の「遺伝子解析施設で進行中の研究 3. および 4.」参照)、癌に対する遺伝子治療法の開発も大きく進行している。今後とも「不可能を可能にする技術の開発」に挑戦を続けてがんをはじめとする新しい医療の開発に貢献したい。