研究内容
概要
生体を構築する多くの組織や臓器の恒常性維持においては、幹細胞システムが大きな役割を果たしています。本研究分野では、幹細胞システムの動作原理の研究を通じて、生体組織の再生、老化、がん化の仕組みを理解し、臨床に応用すべく研究を行っています。組織幹細胞が幹細胞周囲の微小環境(ニッチ、ならびに免疫細胞)との相互作用や隣接する幹細胞間での細胞競合を経て、あるいは様々な環境因子に起因するシグナルを経て、その運命を制御する仕組みについて研究を進めています。生命にとって外界とのバリアを維持し続けながら、排除すべき幹細胞を選択的に排除しつつ維持すべき幹細胞クローンの自己複製を支え続けることは、生命の維持に関わる優先順位の高いタスクです。私たちは、ほ乳類の皮膚をモデルとしてその基盤となるメカニズムの解明を行なっています。さらに骨関節など他臓器との連関や全身性の老化につながる仕組みとその分子基盤の解明、ならびに疾患発症や病態との関連の研究を通じて、老化再生生物学、幹細胞医学という新しい領域を創成し、創薬、先制医療、疾患治療へと応用することを目指している。
これまでの研究と現在進行中のプロジェクト
- 組織幹細胞の同定
- 老化と癌化のメカニズムの解明
- 加齢による毛包の老化と脱毛の仕組み
- 生活習慣による毛包の老化と脱毛の仕組み
- 表皮における幹細胞競合による皮膚の若さの維持、再生・老化の仕組みの解明
- 幹細胞品質管理機構の解明
- メラノーマの発生源の同定と母斑との鑑別診断法の確立
- フレイル臓器連関機構の解明
- 個体老化の仕組みの解明とその制御
組織幹細胞の同定
皮膚は、体重の約16%を占める再生系臓器であり、外界から個体を隔て生命を護っている。表皮、真皮、皮下脂肪織から成り、毛包や汗腺などの付属器を持つ。表皮では、恒常的に角化細胞が新陳代謝を行なうのに対して,毛包は周期的に再生を行い、多くの細胞が毛周期ごとに新しく入れ替わる。皮膚は、その外観から変化が容易に検出できる上、アクセスが容易で幹細胞の運命追跡やin vivoイメージングも可能であり多くの利点を持っている。これまでに哺乳類の毛包内の色素細胞系譜の幹細胞(色素幹細胞)(Nishimura EK. et al., Nature, 2002.)、加えて汗腺分泌部の色素幹細胞を発見しており(Okamoto N et al., PCMR, 2014)、メラノーマの起始細胞となっていることやメラノーマの初期病変の病理鑑別診断に有用であることを明らかにした(Eshiba, S et al., Cell Reports, 2021)。また、表皮幹細胞は表皮基底層に存在することは知られていたが生体内における同定は困難であった。我々はCOL17A1を発現する表皮基底細胞を自己複製能力の高い幹細胞集団として同定し可視化することに成功した(Liu N. et al., Nature, 2019)。
老化と癌化のメカニズムの解明
白髪や脱毛は、哺乳類における最も典型的な老化形質の代表である.我々はこれまでに毛包幹細胞が色素幹細胞のニッチ細胞となることを示し(Nishimura EK et al., Cell Stem Cell, 2010)(Inomata K et al., Cell Stem Cell, 2011)、加齢マウスの髭毛包内において色素幹細胞がニッチ内において異所性に分化すること、これによって幹細胞が枯渇し色素細胞を供給できなくなるため、白髪が起こること、ゲノム毒性ストレスによってこれが促進すること、自己複製チェックポイントの関与を見い出した(Nishimrua EK et al., Science 2005)(Inomata K et al., Cell, 2009)(図1)。ヒトの加齢に伴う生理的な白髪においても、同様の細胞が加齢に伴いニッチに現れ、未分化な色素細胞が枯渇するため白毛化が起こる。さらに脱毛においても同様に毛包幹細胞が自己複製せずに表皮へと運命をかえて分化すると、これによって幹細胞プールが維持できなくなり毛包がミニチュア化して薄毛と脱毛が進行することを明らかにしている(Matsumura H et al., Science 2016)(図2)。これらの幹細胞枯渇に基づく老化形質の発現は、ニッチによる自己複製を介して癌の発生と拮抗していることを明らかにしている(Mohri Y et al., 投稿中)。
- 図1加齢による色素幹細胞の枯渇/疲弊が色素細胞の不足による白髪を引き起こす
- 図2加齢による毛包幹細胞の枯渇が毛包のミニチュア化と脱毛を引き起こす
加齢による毛包の老化と脱毛の仕組み
我々の体を構築する組織や臓器の多くは、加齢に伴って形が変わり器質的に変化すると同時にその機能レベルが低下する。我々は臓器老化モデルとして毛包の老化過程に着目し、毛の再生に重要な細胞を供給している毛包幹細胞の運命追跡を行なった。毛包幹細胞は加齢に伴ってDNA損傷応答が遷延するようになり、毛包幹細胞の維持において重要なXVII型コラーゲン(COL17A1/BP180)が失われると、表皮の角化細胞へと分化して皮膚表面から剥がれ落ちて失われていくこと、これによって毛包幹細胞とそのニッチが次第に縮小し、毛包自体が小型化(ミニチュア化)するため毛が細くなり失われていくことが明らかになった。さらに、マウスの毛包幹細胞においてCOL17A1の消失を抑えると、一連の加齢変化を抑制できた。以上のことから、組織に幹細胞を中心とした老化プログラムが存在すること(Matsumura H et al., Science, 2016)(図2)、さらに幹細胞分裂タイプが再生型から老化型へとスイッチし、これにより毛包の矮小化と脱毛を引き起こすことが明らかになった(Matsumura H et al., Nat Aging, 2021)(図3)。そこでヒトにおいてその制御による脱毛症の予防や治療への応用に向けた応用研究を進めている。
- 図3毛包の幹細胞分裂タイプの違いが器官の再生・老化を決定づける(Matsumura H et al., Nature Aging, 2021)
生活習慣による毛包の老化と脱毛の仕組み
肥満は、万病の元と言われるように、加齢に伴う様々な疾患の発症や悪化に関わる。脱毛症のリスクが肥満によって数倍増加することが知られており、毛包は加齢や肥満による器官の再生や老化を理解する上でも良いモデルとなる。毛包幹細胞の網羅的遺伝子発現解析ならびに生体内での運命追跡を行ったところ、若齢マウスに高脂肪食を4日与えるだけでも、毛包幹細胞の一部が過剰な活性酸素の発生により自己複製せずに表皮へと分化して皮膚表面から脱落しやすくなった。さらに継続すると幹細胞内に脂肪滴を認めるようになり、炎症性サイトカインシグナルを介して再生シグナルが強力に抑制されるようになり、幹細胞の枯渇が進み毛包の小型化と最終的な脱毛が引き起こされていることが明らかになった。加齢による上記の幹細胞プールの減少に加えて、肥満によって引き起こされる幹細胞の炎症シグナルによってプールが減少し、毛包の小型化や消失を加速させ、毛幹が細くなり脱毛症が加速することがわかった(Morinaga H et al., Nature, 2021)(図4)。また、幹細胞レベルでの制御によって脱毛症を治療できる可能性が示唆された。
- 図4加齢ならびに環境因子(肥満など)によって幹細胞中心性の毛包の萎縮と脱毛が段階的に進行する
表皮における幹細胞競合による皮膚の若さの維持、再生・老化の
仕組みの解明
表皮などの重層扁平上皮は生涯にわたり個体を外界から隔てるバリアとして働き生命を維持し続けている。毛包よりも遥かに長期にわたり維持され、機能し続ける仕組み仕組みを明らかにするために表皮幹細胞のクローン解析を行った。その結果、表皮幹細胞が隣接する幹細胞との間でCOL17A1の発現差に基づく細胞競合を行なっており、これによって表皮角化細胞の若さ(質)を保ち老化を抑制していることが明らかになった(図5, Liu N et al. Nature, 2019)。しかし、加齢に伴い細胞競合を反復したのちに全体にCOL17A1の発現レベルが低下し幹細胞競合がおこらなくなり、色素細胞や線維芽細胞なども失われ皮膚が老化することが明らかになった(図6, Liu N et al. Nature, 2019)。さらに加齢に伴うCOL17A1を制御するシグナルの低下により幹細胞の分裂様式や運動性が変化し創傷治癒が遅れる仕組みを明らかした(Nanba, D et al., J Cell Biol. 2021)。他の上皮系臓器でも同じように幹細胞競合や分裂様式の変化、運動性が臓器の若さ(品質)や機能維持や再生において共通原理としてはたらく可能性について検証し、加齢関連疾患との関連、予防や治療の戦略についても探る予定である。
- 図5表皮幹細胞はCOL17A1を介した細胞競合を行い、皮膚の恒常性(若さ)を維持している(Liu N et al., Nature, 2019)
- 図6表皮幹細胞はCOL17A1を介した細胞競合を行い、皮膚の恒常性(若さ)を維持している(Liu N et al., Nature, 2019)
幹細胞品質管理機構の解明
生命にとって、ゲノムの完全性と安定性の維持は不可欠である。組織におけるDNA損傷細胞の運命と動態を研究するために、表皮幹細胞の一部にDNA二本鎖切断(DSB)を誘導しin vivo運命追跡システムを用いて解析したところ、損傷幹細胞がp53-Notchによる分化、p53-p21による細胞老化を同時に引き起こし選択的に皮膚表面から排除されていることが明らかになった。さらに、周囲の幹細胞の対称的な細胞分裂が同時に促進されることから、DSBを持つ細胞の選択的除去と連動して無傷の幹細胞のクローン拡大が促進されることが明らかになった。上皮が自律的かつ動的な幹細胞品質管理機構を持ち、これによって上皮のゲノム品質を高く保っていることを世界に先駆けて明らかにした(Kato T. et al., Dev Cell, 2021)(図7)。皮膚の表皮や真皮に加え、その付属器である毛包や、眼においても類似または特異的な機構の存在について検証を進めている。
- 図7DNA二本鎖切断を受けた表皮幹細胞は老化分化を経て生体外へと排除される
メラノーマの発生源の同定、良性母斑との発生源の違い、
鑑別診断法の確立
汗腺内において色素幹細胞を見出し、掌蹠などの末端部皮膚に発生するメラノーマの起源となりうることを報告していた(Okamoto N et al., PCMR, 2014)。
悪性腫瘍と良性腫瘍の本質的な違いが決定的となる最初のイベントや契機については、未だ明らかにされていない。悪性黒色腫(メラノーマ)は生命を脅かす癌として知られるが、その発生が良性母斑とどう違うのか明らかになっていない。我々は、以前に無毛部の皮膚に存在する汗腺にある色素幹細胞を見出掌蹠などの末端部皮膚に発生するメラノーマの起源を探索した結果、四肢末端の無毛部皮膚に多数分布する汗腺の分泌部において色素幹細胞を見出した(Okamoto N et al., PCMR, 2014)。あらたに色素幹細胞の運命追跡技術を開発し、その細胞運命と動態を解析した。ここでは、汗腺の分泌部の色素幹細胞が遺伝毒性ストレスや外傷に応答して自己複製しながら移動性の子孫細胞を供給し、ヒトの末端部メラノーマを模倣した浸潤性のメラノーマをマウス末端部に発生することを明らかにした。ヒトの末端部色素生病変の解析から、末端部メラノーマにおいては遺伝的に不安定な色素幹細胞が汗腺や周囲の表皮において増幅し拡大するのに対して、良性の母斑においては色素幹細胞は関与しないことが判明した。このような幹細胞の拡散ダイナミクスの検出は、特に汗管における色素細胞の分布を検出することで免疫組織組織学的に可能であり、末端部メラノーマと母斑の早期鑑別診断に活用できることが明らかになった(Eshiba S et al., Cell reports, 2021)(図8)。
- 図8メラノーマの危険因子によるゲノム不安定性獲得によって汗腺分泌部の色素幹細胞がメラノーマの発生や拡大に係る一方で、母斑の発生には関与しない。汗管に分布する色素細胞の存在が、良性と悪性の鑑別診断に役立つ。
主な発表論文
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Kato T, Liu N, Morinaga H, Asakawa K, Muraguchi T, Muroyama Y, Shimokawa M, Matsumura H, Nishimori Y, Tan LJ, Hayano M, Sinclair DA, Mohri Y, Nishimura EK. Dynamic stem cell selection safeguards the genomic integrity of the epidermis.
Developmental Cell, 56,3309-3320, 2021 -
Morinaga H, Mohri Y, Grachtchouk M, Asakawa K, Matsumura H, Oshima M, Takayama N, Kato T, Nishimori Y, Sorimachi Y, Takubo K, Suganami T, Iwama A, Iwakura Y, Dlugosz AA, Nishimura EK. Obesity accelerates hair thinning by stem cell-centric converging mechanisms.
Nature, 595:266-271, 2021 -
Matsumura H, Liu N, Nanba D, Ichinose S, Takada A, Kurata S, Morinaga H, Mohri Y, De Arcangelis A, Ohno S, Nishimura EK. Distinct types of stem cell divisions determine organ regeneration and aging in hair follicles.
Nature Aging, 1:190-204, 2021 -
Liu N, Matsumura H, Kato T, Ichinose S, Takada A, Namiki T, Asakawa K, Morinaga H, Mohri Y, De Arcangelis, Geroges-Labouesse E, Nanba D, Nishimura EK. Stem cell competition orchestrates skin homeostasis and ageing.
Nature, 568(7752):344-350, 2019 -
Matsumura H, Mohri Y, Binh NT, Morinaga H, Fukuda M, Ito M, Kurata S, Hoeijmakers J, Nishimura EK.
Hair follicle aging is driven by transepidermal elimination of stem cells via COL17A1 proteolysis.
Science, 351(6273):575-589, 2016 -
Okamoto N, Aoto T, Uhara H, Yamazaki S, Akutsu H, Umezawa A, Nakauchi H, Miyachi Y, Saida T, Nishimura EK.
A melanocyte-melanoma precursor niche in sweat glands of volar skin.
Pigment Cell & Melanoma research, 27(6):1039-1050, 2014 -
Tanimura S, Tadokoro Y, Inomata K, Nishie W, Yamazaki S, Nakauchi H, Tanaka Y, Mcmillan JR, Sawamura D, Yancey K, Shimizu H, Nishimura EK. Hair follicle stem cells provide a functional niche for melanocyte stem cells.
Cell Stem Cell, 8(2):177-187, 2011 -
Nishimura EK, Suzuki M, Igras V, Du J, Lonning S, Miyachi Y, Roes J, Beermann F, Fisher DE.
Key roles for transforming growth factor β in melanocyte stem cell maintenance.
Cell Stem Cell, 6(2):130-40, 2010 -
Inomata K, Aoto T, Binh NT, Okamoto N, Tanimura S, Wakayama T, Iseki S, Hara E, Masunaga T, Shimizu H, Nishimura EK. Genotoxic stress abrogates renewal of melanocyte stem cells by triggering their differentiation.
Cell, 137(6):1088-99, 2009 -
Nishimura EK., Granter SR, Fisher DE.
Mechanisms of hair graying:incomplete melanocyte stem cell maintenance in the niche.
Science, 307(5710):720-724, 2005 -
Nishimura EK, Jordan SA, Oshima H, Yoshida H, Osawa M, Moriyama M, Jackson IJ, Barrandon Y, Miyachi Y, Nishikawa S. Dominant role of the niche in melanocyte stem cell fate determination.
Nature, 416(6883):854-60, 2002