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Division of Cellular and Molecular Biology
The Institute of Medical Science
The University of Tokyo


井上純一郎 教授の雑感集

研究は生き物

 研究は楽しいし、おもしろい。なぜなら研究は生きているからです。だから心を込めて大切にしていると成長しどんどん育ちます。ふと気付くと「いつの間にか、こんなに大きくなったんだ!」と思ってしまうことがあります。こんな時、研究していて良かったと実感します。皆さんもそう言う気分を満喫する時が必ず来ます。


夢を持とう-可能性は無限大-

若いことの最大の利点は、可能性が無限大にあることでしょう。だから夢を持ってください。夢の内容は個々人で違うのは当然ですし、公表する必要もありません。夢を持ったら次にそれを現実化する方法を考えましょう。これも個々人で違うのが当たり前です。もしその夢が研究に関連するならば、当研究室での経験がなんらかのプラスになるかもしれません。ちなみに私のモットーは「自分の夢が実現できるまであきらめないこと。」です。

 さあいざ研究です。いろいろ考え方をする人が集まって試行錯誤するわけですから、研究をするに当たっては、ある程度のルールのようなものが必要になってきます。言い換えれば研究室の方針があるわけです。分子発癌分野の方針を理解していただくために私が気が向くと研究室の学生さんに話すことを箇条書きにしてみました。



サイエンスの話をしよう

ラボは生活のなかで大半の時間を占める場所。だから居心地が良い方が気分が楽だし楽しい。メンバー同士で世間話や週刊誌ネタなどで盛り上がるのは楽しいし、もちろんその手の話題は人間関係に潤いを与えるために必須です。実際、私もその手の話は大好きです。でもやっぱり研究室の第一目的は研究。どこかで公私のけじめがいる。その辺のバランス感覚が大切です。そこを自分で意識しよう。それとサイエンスの話をするときは、世間話をするときと頭を切り替えよう。まあちょっとまじめになればいい。なあなあは良くない。それからポジティブな発想で話をしよう。批評するより、次にどうすれば良いかを話すと良いと思います。


攻めのサイエンスをしよう

 「とりあえずこの辺で簡単な論文にまとめておきたいと思います。」なんて守りの姿勢に入ったら途端にその研究はつまらなくなる。自分で面白いと思うことに出会ったら、これでもか、これでもか、周りの先輩が「おい、もうその辺でいいんじゃない」って止めに入るぐらい攻めまくってみよう。それで得することはあっても損することは無い。

コンピューターをうまく使おう

 朝ラボに来るとまずコンピューターを立ち上げ、友人からのメールを見て返事を書く。その後、種々のホームページを見てニュースを一覧する。その後、実験のことを考え始め、ちょっと時間ができるとまたすぐにインターネットサーフィン。実験の合間にかならずコンピューターの画面を見る。という人いませんか? 研究室に限らず、現代の生活ではIT機器に時間を取られ自分でゆっくりと思考する時間が削られていることに気付こう。研究には思考することは大切なことです。文献のチェックや調べもののことを考えるとコンピューターは必須アイテムです。でもときどきOFFにしてみたらどうでしょう。いいアイデアが浮かぶチャンスが増えること間違いなし。ちなみに最近Scienceに論文を出した当研究室のA先生はめったにコンピューターをつけません。

夜型にシフトしないように

 だんだん朝ラボに来る時間が遅くなる、それに伴って帰る時間が遅くなる。そうするとさらに朝来る時間が遅くなる。最後には昼か昼過ぎにラボに現れて朝帰りだ。朝までばっちり実験していればまだしも大半の人が夜通しラボにいたということに満足してしまう。もちろん、今までにこの夜通し型で研究しすばらしい仕事をされている研究者に何人か出会っています(具体名は控えますが)。でもどちらかというと少ないですし、そういう人は、どこか並はなれた迫力(?)のある人のように思えます。効率が悪くなる可能性の他にも、特に夜一人で実験することは事故等が起こった場合に非常に危険です。どうしてもタイムコースの実験等で夜通し作業がある時はその点注意しましょう。やむを得ない場合は別として夜型にシフトしないように前の晩遅くなっても次の日にいつも通り朝来れるようがんばりましょう。ちなみに当研究室は朝9時半までにラボに来るように指導しています。


どんな研究者だって好不調や運不運の波がある

  一生懸命頑張っているのになかなかデータが出ないことがある、というよりむしろそういうことの方がしばしばです。一方で友人はimpact factorの高い論文で華々しくデビューしている。そんな時でも腐ってはいけません。いつか必ず物事が好転してきます。その時にチャンスを逃さないようにしよう。初めのチャンスを逃してもまた次が来ます。執念で行こう。

英語はうまくなろう

 研究者間の世界の共通言語は英語です。英語が苦手じゃ困る。それも書くことだけでなく、聞けてしゃべれないといけない。研究が忙しいので英会話学校に行く時間がとれないとかぼやかないで自分でどうすればうまくなるか考えよう。それと一つ付け加えておくと日本語がきちんとできないと英語はできないと個人的には考えています。つまり何を相手に伝えるかがはっきりしていないと英語に訳しようがないのです。ふだん、自分が人と話している日本語がわかり易いかどうか今一度チェックしてみよう。これは私自身にも言い聞かせています。

プレーンな心でデータを見よう

 ウェスタンブロットをしたら本来抗体が反応すべきバンドの下にもう一つバンドが見えた。「下に出るバンドは分解産物だ。」と昔誰かが言っていたことを思い出しすぐにそう結論してしまう。それが、たまたま正しい場合もあります。でも思い込みはやめ、昔の刷り込みを捨てて考えてみましょう。「もしかしたら、この抗体は他のタンパク質も認識してしまうのかもしれない。」とか、「そうだ、このフィルターは一度使ったものをもう一度使っている。以前の実験で見えたバンドが処理が不完全でもう一度見えてしまったのかもしれない」とかいろいろな可能性が挙がってくる。次にその可能性が妥当かどうか自分のデータを良く見て考えましょう。そうすれば次にどんな実験をすれば良いか明らかになってくるはず。

白黒つけよう

 「その実験は一応やってみたのですが、途中でサンプルをロスしたので結果は出ていません」
「それでその実験もう一度やり直したの?」
「いえ、まだやっていません」
一週間後ぐらいにもう一度聞いてみると再び「いえ、まだやっていません」。よく考えてみてください。一応実験したって、結果が出ていなければ、---------。必要な実験であれば結果が出る(白黒がつく)まですぐにやりましょう。もちろん生物実験には、答えが灰色の結果になることが山ほどあります。だからこそ、白黒つけられる実験はかならずはっきりさせたいものです。


自分が見つけたことを大切に

 「この実験は報告されている結果と違ったので自分の実験のどこかがおかしいと思います。」ということをセミナーで言った学生さんがいました。確かにそういう場合もあります。でも実は以前の報告が間違っていて自分の結果が正しいかもしれません。実は新しい事を発見したかもしれない訳です。折角の新発見のチャンスをもったいない!自分の結果が信じられる実験技術を持ちましょう。ちなみにこの学生さん、自分の結果が正しいことをいろいろな角度から検証し、論文発表するに至りました。

ただの評論家じゃつまらない

 論文をたくさん読んでいる人(特にサマリーのみを読む人)に意外に多いのですが、知識は豊富で、自分や他人の実験結果について批評ができても、次の自分の実験を考えて実行する段階になかなか入れない人がいます。つまり評論家としては一流なのですが、データがなかなか出ないタイプの人です。評論家になるより評論されてください。ただし、知識がいらないと言っている訳ではありません。自分の関連する分野は、詳しく知っておく必要があるのは当然です。

ひとに教えてもらうときは要注意

  新たにする実験について人にアドバイスを求めるとき、その相談相手がその実験で良い結果が得られなかった人の場合にはちょっと気をつけよう。例えば「その実験は、条件設定が微妙で大変なんだ。簡単にはうまくいかないし、他の人も成功しなかったらしいよ」というふうにネガティブなアドバイスを受けたときです。こういう時は、その人がどんな実験をしたのか具体的に詳しく聞こう。もちろん人にもよりますが意外に大した条件検討をしていない場合もあります。一度自分がネガティブな印象を持ってしまうとなかなかそれを変えることは難しい。特にラボに新しい実験系を取り入れようとする場合には、この事に注意しよう。その実験系がセットアップできるかどうかでその後のラボの研究の進展に大きく関わるかもしれません。逆に人にアドバイスを求められたときにも注意しよう。確証も無いのにネガティブなアドバイスをしてはいけません。

大腸菌や細胞はいくら急がせてもだめ

  実験には自分がその気になれば早く進む行程がありますが、大腸菌や培養細胞を用いる場合、その増殖速度が律速段階となり、本人が徹夜して頑張ってもいかんともし難いです。大腸菌がコロニーを作るまでの時間や、培養細胞が実験に必要な数まで増える時間を旨く他の実験や睡眠時間と組み合わせて効率良く実験を進めましょう。これを心がけるだけでも研究の進行速度は飛躍的に早まります。これは、実際に研究し始めると実感するはずです。


きれいなデータを出せるように

  「きたないデータでも言いたいことが言えれば良い。」という話をよく聞きますがが、それは正しくないと思います。例えばSDS-PAGEできれいに流せば、移動度の微妙に違うバンドを区別できる場合でも、まっすぐ流れていないゲルでは、そんな微妙な違いに気付きません。この微妙な移動度の違いがリン酸化等のタンパク質の修飾であるならば重要な発見を逃すことになります。また、論文の審査の場合にも、きたないデータは印象が悪いのです。この印象の悪さは、評価のマイナスに働くことはあってもプラスになることは稀です。どうすればきれいな実験ができるのでしょう。全く同じプロトコールと器具を用いても実験データのきれいさは人によってかなり違います。これに関しては一般的なアドバイスはないので、個々の実験をする際にいかにしてきれいなデータを出すかを意識しましょう。きれいな実験をする人に聞いてみるのも良いかもしれません。ちなみに当研究室出身のI先生は、SDS-PAGEの名人です。彼が流すゲルはなぜか、すべてのバンドがまっすぐに流れます。今のところ私を含めてI先生の右に出るものはいません。



 以上、ここ5年間実験していない私の研究に対する雑感を記しました。いろいろと書きましたが、研究者を目指す人には当たり前のことかもしれません。いやもっと過激に実験する人もいるかもしれません。いずれにしても新しいことを発見する喜びを共感することはすばらしいことです。