ラボラトリーひとくちメモ(11)

抗ペプチド抗体はむずかしい

実験プロトコールの魔術

 実験プロトコール(文献1)のほうでは抗ペプチド抗体が簡単にできるような印象を与えておきながら、いまさらこんなことを言ったのでは詐欺みたいですね。実際には、簡単にできるなどとはひとことも書いてないのですが、これが実験プロトコールの魔術なのでしょう。野村慎太郎先生と違って知名度が高くないためか、幸い学会中に呼び止められて攻撃されたこと(文献2)はありませんが、問い合わせの電話は頻繁にかかってきます。例えば、キャリアタンパク質用のヘモシアニンがよく溶けないけれど買い直したほうがよいか、ヒトゲノムセンターにはどうやってアクセスしたらよいか、株式会社××に頼んで抗体をつくってもらおうとしたが全然だめ、どこか信頼できる業者を紹介してほしい。また、cDNAから予測される一次構造を送ってきて、抗原ペプチドのデザインをやってくれというのもよくあります。あげくの果ては、当人がクローニングした遺伝子産物の抗ペプチド抗体がほしい。おまえのところでペプチド合成から、免疫、抗体の評価まで全部をやってくれ。良い抗体ができたら共同研究にしたい、というのもありました。もちろん最後の例についてはお断りしました。いろいろな質問にはできるだけ誠意をもって答えるようにしておりますが、正解が一義的に決まらないものも多く、このようなときは苦慮します。可能性がたくさんあることをくどくどと説明するのですが(たぶん当人にはほとんど聞こえてない)、「どれかひとつ決めてくれ。そしたらその通りにするから。」と言ってきます。「それでは....、××番目から○○番目のアミノ酸配列が良いですかね。キャリアタンパク質と結合させるためにアミノ末端にシステイン(Cys)を入れましょう。カルボキシル末端はアミドにしてチャージをつぶしておいたほうが良いでしょう。」質問者は、これで抗体ができたように喜んで帰ります。ひとをだましたような暗い気分になります。

 抗ペプチド抗体を得るための抗原ペプチドの設計法については、実験プロトコールに詳しく書きましたので、ここではポイントだけを述べます。

末端部分は魅力的

 昔から「抗ペプチド抗体を作るなら、カルボキシル末端がよい」という話をききます。これはなぜかというと、まず末端部分は分子の表面に出ていることが多いからです。しかし、アミノ末端はカルボキシル末端と比べると、ペプチドの切断やアシル化などの翻訳後修飾を受けていることが多く、ハプテンの分子設計上不確定な要素があるので嫌われます。せっかく合成したアミノ酸配列が目的のタンパク質から切れてなくなっていたり、アミノ末端のα−アミノ基がブロックされていたのでは、できた抗体と抗原タンパク質との結合が弱くなるからです。もちろんカルボキシル末端部分が疎水性になっていたり、修飾を受けている場合は、免疫原として選ぶのは避けるべきです。

 末端を選ぶもうひとつの理由は、電荷にあります。ポリペプチド鎖のアミノ末端にはNH2、カルボキシル末端にはCOOHがあり、これらの官能基はペプチド結合に加担しないために電荷をもっています。たったひとつの電荷が抗原性に大きく寄与するのです。この性質を活用したのが、プロテアーゼによって切断されたタンパク質を識別する切断部位特異抗体です(文献1、3)。

二次構造の境界を狙え

 図1は大腸菌の電子伝達系タンパク質であるチオレドキシンについて、一次構造に基づく構造パラメーターを打ち出したものです。(ヒトゲノムセンターのタンパク質構造解析用ソフトウェアpeptidestructureを用いて計算しました。)そこで今回は、チオレドキシンの抗ペプチド抗体を作るために、抗原ペプチドの設計をやってみましょう。もちろん私はこのタンパク質の抗体を作ろうとしたこともなく、また現在、抗体に関する情報ももっていません。したがって、一次構造とそれから推定できる二次構造に基づいて考えてみます。

1. 構造パラメーターの読み方

まず、パラメーターについて簡単に説明します。PosとAAは、それぞれアミノ酸残基番号とアミノ酸の一文字表記でよいとして、HyPhilは親水性の程度(ここではKyte-Doolittleの計算法による)、SurfPrは球状タンパク質を想定した場合に分子の表面に出てくる確率、CF-PredとGORPredは異なった2つの方法で推定した二次構造(H:α−ヘリックス;B:β−シート;β−ターン、大文字は確度が高く、小文字は低い)、AI-Indは抗原性の程度です。

2. 抗原ペプチドの候補選び

さきほど薦めたカルボキシル末端領域はHyPhil値がマイナスになっており、あえてここを選ぶ必要はないでしょう。そこで、ポリペプチド鎖の途中の配列を考えます。まず、二次構造(H、Bなど)の切れ目に印をつけてみます。切れ目の部分にTがあるものに注目して、左側に目を移して、HyPhilとSurfPrをみます。HyPhilがプラス値でSurfPrが高いところを選ぶと、11-12のSer-Pheや62-66のGln-Asn-Pro-Gly-Thrを中心にした領域が候補として上がってきます。参考までに、AI-Indの数値も高くなっているのがわかります。

3. 長さを決めて仕上げる

 あとはペプチドをどの程度の長さにするか、キャリアタンパク質との結合をどうするかなどの問題が残っています。まずペプチドの長さですが、短いペプチドを免疫したときでも抗原として提示される過程でプロセッシングを受けることを考慮すると、狙った部分を含み、ある程度の長さをもったペプチドがよいと思います。(エピトープマッピングが数残基のペプチドでできるのとは意味が違うと思います。これは私の勝手な憶測で、確固たる実験的根拠があるわけではありません。)私はだいたい15残基を目安にしています。先の領域については、Ile-His-Leu-Thr-Asp-Asp-Ser-Phe-Asp-Thr-Asp-Val-Leu-Lys-Ala(5-19)とLeu-Asn-Ile-Asp-Gln-Pro-Gly-Thr-Ala-Pro-Lys-Tyr-Gly-Ile(58-72)になります。前者(5-19)のほうは、カルボキシル末端側(20以降)に疎水性の構造があるので、こちら側にキャリアタンパク質と結合させるためのCysを入れることになります。MAP(後半参照、図3)を利用することも可能です。58-72のほうは、どちら側にCysを入れてもかまいません。なお、どちらのペプチドについても、アミノ末端はアセチル化して電荷をつぶしておくほうが良いでしょう。

4. 立体構造と比べてみよう

 教科書(文献4)でチオレドキシンの結晶構造(図2)を見つけましたので、比べてみましょう。今回選んだ2つのペプチドは、残念ながら紙の裏側に面していますが、分子の表面にあることがわかります。ちなみに、32と35のCysを含む部分にも大きなターンの構造がありますが、Cysが複数個入っている部分は通常免疫原としては避けるべきです。合成後、ペプチドが酸化されて期待しない構造をとってしまうことがあるからです。ただし、チオレドキシンのCysは、電子の動きに伴って分子内ジスルフィド結合をとることがわかっています。この付近のペプチドを利用することによって、酸化・還元状態を見分ける抗体ができるかも知れません。先の2箇所のどちらかに対する抗体ができたら、次のステップとしてチャレンジする価値はあると思います。

MAPは要注意

 最近は、お金を払えば抗ペプチド抗体を作ってくれるシステムが普及しています。いわゆるペプチド合成から抗体作成までの下請けです。彼らは(全部とは言いません。ノウハウをもってまじめに取り組んでくれる業者もあると思います。)極力手間を省くためにMAP(multiple-antigen peptide)をよく利用します。キャリアタンパク質に結合させなくても抗体ができるからです。構造(図3)をご覧になっても明らかですが、MAPはカルボキシル末端に対する抗体には適していません。もちろん免疫すればMAPに対して反応する抗体はできると思います。しかし、この抗体は本来のタンパク質のカルボキシル末端とは結合しません。つまり、楽だからといっていつでもMAPを使って良いとは限らないのです。

抗ペプチド抗体はよくできる、しかし

 「ペプチドに反応する抗体はできたが、イムノブロットでバンドが染まらない。どうして?」という質問をよく受けます。幾つかの可能性がありますが、ここでは今までの話と関連した理由に限って説明します。ポリペプチド鎖の末端に対する抗体がよくできることは既にお話しました。だから、末端部分を含むペプチドを免疫原として使うことが多いわけでした。ポリペプチド鎖内部の配列を免疫した場合も、短いペプチドの末端に対する抗体はよくできてきます。したがって、ペプチドの分子設計を誤ると、末端部分に特異的な抗体ばかりができ、目的とする抗体は取れてきません。このようなときは、長いペプチドを固定化したアフィニティークロマトグラフィーで欲しい抗体を単離するわけですが、出来の悪い抗体を無理してかき集めるよりはむしろ抗原ペプチドのデザインからやり直したほうが良いと思います。単クローン抗体についても同様なことがいえます。スクリーニングの際、免疫に使ったペプチドを用いると、本来のタンパク質に結合しない抗体を産生するクローンばかりが取れてくることがあります。スクリーニングは面倒でもイムノブロットなど、別の抗原を使って行うべきです。

エピトープを探せ

 抗ペプチド抗体の出来・不出来は、免疫原ペプチドの選択が左右します。このステップは、天然のタンパク質を免疫する場合と大きく異なるところです。既知の抗体のエピトープ解析データに基づいて抗原性の高い配列を予測する試みもなされていますが(文献5)、ペプチドの分子設計法が確立しているわけではありません。最近は、ペプチドライブラリーなどを活用して、エピトープマッピングも容易になりつつあります。抗体の認識部位に関するデータが蓄積すれば、抗原ペプチドのデザインを機械的に行える日も近いと思います。

文献:

1.大海、辻村、稲垣:抗ペプチド抗体実験プロトコール

2.本誌3月号

3.Kikuchi, H. & Imajoh-Ohmi, S.: Biochim. Biophys. Acta 1269, 253-259 (1995): Antibodies specific for proteolyzed forms of protein kinase Cα.

4.Voet, D. & Voet, J. G.: Biochemistry 2nd Ed. p.810 (1995) John Wiley & Sons

5.Welling, G. W., Weijer, W. J., van der Zee, R. & Welling-Wester, S.: FEBS Lett. 188, 215-218 (1985): Prediction of sequential antigenic regions in proteins.