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大腸癌の細胞周期調節と治療のための標的分子の探索

学友会セミナー

学友会セミナー

2004年開催 学友会セミナー

開催日時: 平成16年6月16日(水)  12:00~13:00
開催場所: 一号館2階会議室
講  師: 鉄  治
所  属: カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部癌研究所
国  名: アメリカ合衆国
演  題: 大腸癌の細胞周期調節と治療のための標的分子の探索
概  要:

我々は、大腸上皮が早いスピードで発生分化していく環境でどのようにして増殖を繰り返す癌になるのかという問題に取り組み、正常大腸上皮で一番はじめに起こるAPCやベーターカテニンの変異が本来分裂を停止し分化しなければならない大腸上皮を増殖の状態に保ち続ける可能性をサイクリンD1が標的遺伝子であることで示した (Tetsu & McCormick, 1999)。それまでサイクリンD1はG1期の進行に重要な働きをする分子で、大腸癌を含む多くの癌で高発現していて癌の予後をはかる上で重要な分子と考えられていたが発癌の機構との関連は不明であった。我々の研究での最も重要な意義は大腸癌が進展していく過程で最初期に起こるAPCやベーターカテニンの遺伝子変異というたったひとつのスイッチで正常上皮をどのようにして癌腫へと進展させる決定をするかという疑問に対して一つの答えを示したことにある。増殖の状態に保ち続けられた大腸上皮はラスをはじめとする多くの遺伝子変異を次々と引き起こしているのではないかと考えられるからである。それでは大腸癌で細胞の増殖はどのように制御されているのであろうか。ボーゲルシュタイン博士らは大腸上皮が分化に進んでいくためにはCDK阻害分子のp21 Cip1を高発現して CDK2のキナーゼ活性を押さえなければならないとのモデルを示しCDK2のキナーゼ活性を抑制できないことが癌の発生につながることを示唆してきた (el-Deiry et al., 1995)。ところが、p21 Cip1のノックアウトマウスでは CDK2のキナーゼ活性を抑制できないにもかかわらず、癌は大腸上皮を含めて発生しない (Deng et al., Cell 82, 675-84, 1995)。それが何故なのかを示したのが、癌細胞はCDK2のキナーゼ活性がなくても増殖すという我々の次の仕事である (Tetsu & McCormick, 2003)。 CDK2のキナーゼ活性を抑制することは大腸上皮細胞の分化には必須ではないしCDK2のキナーゼ活性を抑制できないのは癌の発生につながらない。これまでCDK2は細胞周期調節に最も重要ないわば細胞周期調節の王様とも呼ばれるべき分子で癌の治療で標的とする際に最適の分子と考えられており (Hinds, 2003)、実際に薬剤がすでに開発され大腸癌を対象に臨床治験までが行われていた。その後、CDK2ノックアウトマウスがスペインのバルバシッド博士らの手によって作製され報告されている(Ortega et al., 2003)。彼らの報告によれば胚の段階での致死という大方の予想を覆し正常の形でマウスは誕生し、体細胞の細胞周期調節も全く正常であった。つまりCDK2キナーゼ活性は癌細胞だけではなく胚の発生や正常細胞においても欠くことができるものであり、 このことは教科書の書き換えと臨床治験の再評価を余儀なくさせる発見であった(Roberts & Sherr, 2003)。 治療の標的として適切な細胞周期調節分子は何なのかを論じたい。

世 話 人: 井上 純一郎  ○山本 雅