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腋臭症(わきが)のニオイの原因となる菌を遺伝子レベルで解析 ―ファージ由来の抗菌剤の開発に期待!―

ポイント
  • 腋臭症の異なるタイプの臭いを比較し、臭い物質の生成に関わる菌を明らかに。
  • 強い臭いの元になる特定の菌を、ファージ由来の抗菌酵素で狙いうち!
  • 腋臭症を制御できる新しい抗菌剤の開発に期待。

 概要

腋臭症はわきの下から特異な悪臭を放つ状態で、日本人の約10%が腋臭症といわれています。悪臭の原因は腋窩の汗に含まれるアポクリン腺分泌物といわれており、分泌直後は無臭ですが、皮膚の常在菌が代謝することで悪臭を伴う代謝物が産生されます。腋臭の臭いはそれぞれ特徴があり、約9割の人は、多い順に、ミルク様臭(M型)、酸様臭(A型)、カレースパイス様臭(C型)に分けることができます。

大阪公立大学大学院医学研究科ゲノム免疫学の植松 智教授(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターメタゲノム医学分野特任教授を兼任)、藤本 康介准教授(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターメタゲノム医学分野特任准教授を兼任)、植松 未帆助教、渡邊 美樹医師(研究当時大阪市立大学大学院医学研究科博士課程)、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター健康医療インテリジェンス分野の井元 清哉教授らの研究グループは、健康な成人男性20名の腋窩から抽出された体液のサンプルを収集し、臭気判定士の判定に基づいてC型11名とM型の9名に分類。サンプル中の代謝物を分析したところ、C群で悪臭の原因となる代謝物の前駆物質が増加していることが確認できました。

次に腋窩皮膚細菌叢のショットガンメタゲノム解析を行ったところ、C型で臭気前駆物質の産生に関わっている常在性ブドウ球菌が有意に増加しており、臭い物質の生成に重要な働きをしていることが分かりました。さらに、この常在性ブドウ球菌に対する特異的な溶菌酵素を、メタゲノムデータを用いて探索したところ、精製可能な新規溶菌酵素配列を取得することに成功しました。この溶菌酵素は、標的とする常在性ブドウ球菌以外の代表的な皮膚常在細菌への溶菌効果はないことも確認できました。
本研究成果は、臭気前駆物質の産生に関わっている常在性ブドウ球菌を特異的に溶菌するための有用なツールとなる可能性があります。

本研究成果は、2024年4月18日、国際科学誌「Journal of Investigative Dermatology」にオンライン掲載されました。
 

 研究者からのコメント       

植松 未帆助教

私たちの研究グループは、体のさまざまな部位に棲息する細菌群(マイクロバイオーム)からDNAを抽出し、それらが持つ遺伝子の情報を全て読み取る研究をしています。得られた遺伝子情報を、例えばパズルのように、それぞれのピースを間近で見て、細菌が作り出すタンパク質の機能を検討するとともに、それらがどのように全体像を作り上げているかを確認します。細部と全体像の両方を見ることで、どの様な微生物がどの様に互いに助け合っているかを知ることができるのがとても興味深いです。大変大きなデータを解析する必要があるので、東京大学のスーパーコンピュータSHIROKANEを使用しています。今回、腋臭症のわきの下のマイクロバイオームの遺伝子を調べ、複数の菌が連携して働いて臭い物質を生成していること、とりわけ常在性ブドウ球菌(Streptococcus hominis)の働きが臭いの発生に重要であることが判明しました。 新しい抗菌剤候補として、この細菌を攻撃するウイルス(ファージ)がもつエンドライシンというタンパク質を同定することができたのも、網羅的な遺伝子解析を行なったためです。

 
渡邊 美樹医師


皮膚科領域でも常在細菌叢が注目されていますが、腋臭症は細菌が主な原因となっている数少ない皮膚疾患の一つです。本研究が腋臭症のメカニズム解明や治療への手がかりとなると信じ研究を進めてまいりました。腋臭症で悩む患者さんは多いものの治療の選択肢は少なく、本研究が新しい治療法へとつながると考えています。 

 研究の背景

腋臭症は腋窩より特異な悪臭を放つ状態であり、日本人の約10%が腋臭症と言われています。日本人男性の腋臭はその臭いの特徴から臭気判定士により7つのタイプとその他に分類されます(株式会社マンダムの研究による:https://www.mandom.co.jp/special/topics01.html)。その中でもミルク様臭(M型)、酸様臭(A型)、カレースパイス様臭(C型)の順に多く、この3タイプで9割を占めます。この中でC型は最も臭いが強く、カレースパイスのような臭いがします。一方でM型は最も弱いベース臭です。悪臭の原因は腋窩の汗に含まれるアポクリン腺分泌物であることが知られています。分泌直後は無臭ですが、皮膚の常在菌が代謝することで悪臭を伴う代謝物が産生されます。悪臭の原因となる主な成分として、揮発性脂肪酸である3-Methyl-2-hexenoic acid(3M2H)や 3-Hydroxy-3-methylhexanoic acid(HMHA)、チオアルコールの一種である 3-Methyl-3-Sulfanylhexan-1-ol (3M3SH)などが報告されています。これらの前駆体である3-Methyl-2-hexenoic acid-glutamine (3M2H-Gln)、3-Hydroxy-3-methylhexanoic acid-glutamine (HMHA-Gln)、(S)-[1-(2-hydroxyethyl)-1-methylbutyl]-L-cysteinylglycine (Cys-Gly-3M3SH)は無臭の状態でアポクリン腺より分泌され、細菌のもつ酵素により代謝されることで悪臭を生じることが知られています。本研究では、C型腋臭発生のメカニズムを明らかにする上で、腋窩の皮膚常在菌と悪臭に関与する代謝物の相関を検討しました。


   研究の内容

本研究グループは、健康な成人男性20人を被験者とし、臭気判定士により腋臭症に特徴的な臭いであるカレースパイス様の腋臭をもつ11人(C群)と、最も弱い臭いであるミルク様の腋臭をもつ9人(M群)に分類しました。腋窩サンプルの網羅的な代謝物解析を行ったところ、C群で腋窩の悪臭の原因となる代謝物の前駆物質が有意に増加していました(図1)。
図1:腋窩代謝物の比較。

CE-TOFMS(キャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析装置)を用いて腋窩サンプルから網羅的に代謝物を測定。


次に腋窩サンプルのメタゲノム解析を行ったところ、ブドウ球菌科(Staphylococcaceae)の細菌がC群で有意に増加していました(図2)。さらに、メタゲノムデータを用いて腋窩の悪臭の原因となる代謝物(HMHA, 3M2H, 3M3SH)の代謝に関わる遺伝子を調べたところ、HMHAおよび3M2Hの代謝に関わる遺伝子(agaA)はC群とM群で共にコリネバクテリア属細菌が有していることが明らかとなりました。一方、3M3SHの前駆物質であるCys-Gly-3M3SHの取り込みに関わる遺伝子(dtpT)およびCys-3M3SHの代謝に関わる遺伝子(patB)について検討したところ、M群と比較してC群でよりStaphylococcus hominisが関与していることが明らかとなりました。したがって、C群で増加している3M3SHの生成を抑制するために、S. hominisを特異的に減少させることが重要ではないかと考えました。しかし、抗菌薬はS. hominis以外の皮膚常在菌をも殺傷してしまうため、有用ではありません。そこで、S. hominisに対する溶菌酵素を、メタゲノムデータを用いて探索しました(注)。計3つの溶菌酵素配列を同定しましたが、そのうちの1つのみ人工合成に成功しました。その溶菌酵素をS. hominisを含む5種類の皮膚常在菌に投与したところ、S. hominisのみ溶菌されました(図3)。
図2:腋窩皮膚細菌叢の比較。

腋窩サンプルから抽出したDNAを用いてショットガンシークエンスを行い、菌叢を解析。

 
図3:メタゲノムデータ由来の溶菌酵素はS. hominisを溶菌する。

(注)本研究グループは、細菌に感染するウイルス(バクテリオファージ)の研究を行っており、メタゲノムデータからファージ由来の溶菌酵素を同定するゲノム解析技術を確立しています(https://www.osaka-cu.ac.jp/ja/news/2020/200711)。


   期待される効果・今後の展開

本研究成果により、腋臭症に対する新たな治療技術としての貢献が強く期待されます。


   資金情報

本研究は、日本学術振興会(JSPS)研究費(22H00477, 21H03538, 22K16329, 22K15733)、日本医療研究開発機構(AMED)研究費(JP23fk0108619, JP23ae0121040, JP23ae0121048)、大阪市イノベーション創出支援補助金からの支援を受けて行われました。また、本研究における腋臭分類と、腋窩代謝物と細菌叢の解析については株式会社マンダムとの共同研究として行われました。


   掲載誌情報

【発表雑誌】Journal of Investigative Dermatology
【論 文 名】Targeted lysis of Staphylococcus hominis linked to axillary osmidrosis using bacteriophage-derived endolysin
【著 者】Miki Watanabe†, Miho Uematsu†, Kosuke Fujimoto†, Takeshi Hara, Mako Yamamoto, Daichi Miyaoka, Chieko Yokota, Yukari Kamei, Akira Sugimoto, Natsuko Kawasaki, Takato Yabuno, Noriaki Sato, Shintaro Sato, Kiyoshi Yamaguchi, Yoichi Furukawa, Daisuke Tsuruta, Fumihiro Okada, Seiya Imoto*, Satoshi Uematsu*(†共同筆頭著者、*共同責任著者)
【掲載URL】https://www.jidonline.org/article/S0022-202X(24)00294-X/abstract


 問い合わせ

【研究内容に関する問い合わせ先】
大阪公立大学大学院 医学研究科
助教:植松 未帆(うえまつ みほ)
https://www.med.osaka-cu.ac.jp/immunology-genomics/member.html

【報道に関する問い合わせ先】
大阪公立大学 広報課
https://www.omu.ac.jp/

国立大学法人東京大学医科学研究所
プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/

 

 

 

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