東京大学医科学研究所

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所長メッセージ

2006年度初頭所長挨拶

2006年04月03日

図1所長の山本雅です。この写真は公衆衛生院跡地と医科研の間の桜の木をとったものです(図1)。今年の冬は大変な冷え込みようでありましたが、春の訪れは意外に早く、桜も3月末に咲き始めすでに満開で、新入生を迎えるに相応しくなっております。医科学研究所にも多くの大学院学生や職員が加わり、2006年度を迎えています。新年度の始まりにあたり、医科学研究所の課題について、特に今年度に考えておかなければならないことに力点をおいて、述べたいと思います。

医科学研究所の課題を考える上で、研究所の歴史をたどっておくことは重要です。詳しくは、元所長の小高健先生が著された「傳染病研究所-近代医学開拓の道のり」を読んでいただくことにして、ここでは研究所の名称が北里柴三郎博士以来の伝染病研究所が医科学研究所に改組された経緯の一こまに触れることにします。1967年に医科学研究所が発足するには、5年余りにわたる議論を要しました。議論は所内の将来計画委員会で進められただけではなく、総長と文部省の要望により東大全体で考えられることになり、評議会の下に伝染病研究所将来計画検討委員会が設けられました。すなわち部局自治を超えて全学のまな板の上で議論されることになったわけです。委員は、医科学研究所、医学部、薬学部、理学部、農学部、応用微生物研究所から出されています。医学部と医科学研究所のミッションに関する議論はこの委員会から始まったといって良いほど、研究所の名称と目的に関しての厳しい議論がありました。最終的には名称は「医科学研究所」、設置目的は「感染症、癌その他重要疾患に関する基礎科学的総合研究」となりました。医を基盤とした疾病を対象とする医学の基礎科学的研究機関という位置づけであります。基礎科学的研究機関とした背景には、国内的に基礎医学者養成の必要性と、また学内的には生物学系分野を修めた学生の研究・教育の場を作る必要があるということがありました。ちなみに設置目的の文言は法制局での修正により最終的には「感染症、癌その他の特定疾患に関する学理およびその応用の研究」となっています。また改組に際しては根のところで二つの議論がありました。「大学附置研究所は本来比較的限局された明確な研究課題を持ち、その標榜課題に向かって研究所の全力を集中すべきである」という考えと、「東京大学のようにわが国を代表する総合大学では、比較的自由に問題を取り上げ重点的に複数の柱を持って研究を行う研究所があってしかるべき」という二つの考えです。後者の考え方が優勢となり「感染症研究所」等ではなく、医科学研究所がで図2きました。その結果、多彩な人材が集まり、最先端の重要な医科学研究を進めることが可能になったわけです。ただ前者の考え方は研究所の重要な役割を指摘するものでもあります。医科学研究所ほどのパワーのある研究所ではこの考え方のエッセンスを共存させることは可能であり、実際そのための研究体制が過去10余年の間に作られてきました(図2)。基幹研究部門、センター、病院という体制であります。自由に重点課題を研究する場、ミッションを持って課題に向かうセンター、そして出口である社会への還元を担う研究病院です。

ところで今日この話をするのは、医科学研究所のミッションを考える上で重要であるからということが第一義的にあります。と同時に、今東京大学で行われている生命科学研究の議論、またトランスレーショナルリサーチに関する議論が、40年前に行われた伝染病研究所から医科学研究所への改組のときの議論と似た側面を持っているからでもあります。法人化によりリーダーシップの発揮がより強く求められる総長はその権限が増しています。また一方で何事も全学的に考えようとする論理がしばしば強くでてきています。小宮山総長は東京大学の発展には自律分散協調の精神が必要であるといっております。私もまた部局の自律性が失われることなく、また協調が行き過ぎて物事が前に進まなくなったりしないよう心して、自律分散協調を実践する形で医科学研究所がその使命を果たせるよう努力する所存であります。

図3さて医科学研究所の課題については、従来からまた正月のご挨拶でも述べましたように、
(1) 研究病院の維持・発展、
(2) 基幹研究部門から病院までを、有機的にかつフレキシブルに統合する仕組みの構築、
(3) 若手研究者の養成、
(4) 国際的に高いレベルの研究展開とその成果の発信ならびに国際活動
であります。また
(5) それらの課題を遂行するための研究体制と環境の整備
があります(図3)。そして昨年は当面の具体的課題を示し、概算要求等を通してその実現のための取り組みを進めてまいりました。

「研究病院の維持・発展」は常に医科学研究所の重要課題であります。申すまでもありませんが、医科学研究所はわが国の大学附置研究所で唯一病院を持っています。過去繰り返し述べられてきましたが、その使命は基礎的な研究成果をいち早く医療に結び付ける臨床開発研究の実践であります。いわゆるトランスレーショナルリサーチの実践であります。小型の病院であることから、柔軟性に富む運営形態の下、特定の疾患を対象とするプロジェクト病院として機能することで、わが国のトランスレーショナルリサーチ実践に大きく貢献できるものと考えています。今年度も引き続き、癌・感染症を中心としたゲノムベースのトランスレーショナルリサーチ推進体制の強化を図っていくことが必須であります。岩本病院長をはじめとする、病院と先端医療研究センターの先生方や、中村ゲノム解析センター長を代表とする21世紀COEプログラム「ゲノム医科学の展開による先端医療開発拠点プロジェクト」を推進されている先生方のご尽力をお願いするとともに、TRを効率よく推進するための人事や体制・環境の整備が重要であると考えています。一方で、病院機能を充実させながらトランスレーショナルリサーチを推進するためには看護師の方々などの協力も必須であり、同時に看護師が意欲的に働ける環境整備も忘れてはならない課題であると認識しております。

また昨年度には大学本部と連携して進めてきた公衆衛生院跡地をわが国のTR支援のために活用するという計画が難航しております。これについては、東京大学の一員として大学のTR検討会の議論に関わりながらも、医科学研究所の自律性に基づいた戦略を構築したいと考えています。

図4「基幹研究部門から病院までを、有機的にかつフレキシブルに統合する仕組みの構築」は、図2に示す医科学研究所の基礎から臨床までをつなぐ組織体制をより効率よく機能するための仕組みを構築しようとするものです。私は2003年の所長就任の挨拶でシステムゲノム医科学の推進が医科学研究所の発展につながると申しました。そしてそのような仕組みを作るために、振興調整費拠点形成プログラムを利用してシステムゲノム医科学の推進の提案をするなどの努力を重ねてきましたが、実現には至っておりません。その原因のひとつは、システムゲノム医科学という言葉の意味が医科学研究所構成員の間で共有されていないことにあるのではないかというご意見をいただきました。その反省の上に立って今年度は、まず先日の教授総会で斉藤副所長が提案したような、システムゲノム医科学の概念を共有しその実践のための議論のつみあげを行いたいと考えています。そのようにして始めて、「病気を研究」し、「病気をコンピューター上で再現」し、そして「病気を治す」というどちらかというとトップダウン的な研究プログラム(図4、5)図5「をボトムアップ的に実践することが可能になると信じております。一方で、基幹研究部門とセンターと研究病院の連携は、文科省の特別教育研究経費等に概算要求することでも促進したいと考えています。すでに16年度、17年度には感染症研究の分野では研究体制が構築されました。引き続き、昨年度概算要求して大学内では高い評価を得た、幹細胞治療研究拠点やケミカルゲノム研究アライアンスについては、特別教育研究経費のみに依存することなく、さまざまな仕組みを利用し、その実現を目指す所存であります。幹細胞治療研究拠点は、細胞プロセシング部門が立ち上げた臍帯血バンクとともに病院での細胞療法に貢献するものであり、またケミカルゲノム研究アライアンスは、システムゲノム医科学構想を補完するものであると認識しております。

ちなみに3月には、第3期の科学技術基本計画が閣議決定され、各省でその実施のためのプロジェクトの検討が始まっています。第3期科学技術基本計画の中では、トランスレーショナルリサーチそしてシステムとしての生命の理解に向けた研究、感染症研究の推進が取り上げられており、医科学研究所の課題が国のレベルでも重要なものとして位置づけられています。

「若手研究者の養成」に関しては、主要な二つの仕組みがあります。当然のことですが、そのひとつは、大学院の協力講座、兼担講座の教員としての大学院学生の研究指導です。医科学研究所で学ぶ大学院学生の数は、すでに300人を超えております。以前は、生命科学研究の第一線をいく医科学研究所で研究者としての訓練を受けることを希望しても、大学院重点化した研究科との関係で必ずしもその希望がかなわないということがありましたが、メディカルゲノム専攻との連携により、この問題が大きく解消されてきています。より多くの大学院学生に対して、研究の現場で後継者を養成することが可能になっているわけです。一方で、多様な背景を持つ大学院学生が医科学研究所で研究者としての道を歩もうとしていることになっており、教員側にも多少の戸惑いがあるかもしれません。しかし教員の皆さんは、自らが大学院生であったときの教育スタイルに拘泥されることなく、多様な大学院学生の存在に対処する形で、学生を教育し研究者として養成していただきたいと考えます。もうひとつの仕組みは研究拠点形成プログラムによる人材養成です。拠点形成のための振興調整費や、 COEプログラムなどの大型研究プロジェクトを実践する中で、ポストドクや特任教員などの若手研究者養成の資金を確保し、それぞれのプログラムがカバーする研究分野の後継者を養成することが必要です。また大型研究になじまない基礎研究や萌芽的研究、支援的研究に従事する若手研究者の養成に向けては、研究所の経費で大学院生に対するリサーチアソシエート制度を充実させ、また一定数のポストドクを確保すべきであります。

「国際的に高いレベルの研究展開とその成果の発信」は、当たり前のことではありますが、世界が注目する研究成果を発信することであります。引用数の多さですべてを語れるわけではありませんが、impact factorの高い雑誌に研究成果を発表することは研究所の発展にプラスであります。医科学研究所はわが国の生命科学研究のメッカと言って過言ではありませんが、それを裏付ける上でも質の高い研究成果の発信が常に求められます。すべての教員・研究者がさらに独創的な研究を推進されるよう願っております。一方で大学は高いレベルの研究成果をいち早く社会に還元するという使命を負っております。医科学研究所の場合は、社会への還元の主要なひとつはTRの実践であり、これもまた国際的に認められるのでなければなりません。一人の研究者でそのふたつを両立することが困難な場合がありますが、医科学研究所の基礎から臨床につながる仕組みの中での連携がこれを可能にするものでなければならないでしょう。今年もまた定員内の教授人事がいくつか進みます。知の発掘と社会への還元というミッションを持つ医科学研究所に相応しい人事が行われますように選考委員会メンバーをはじめとする先生方のご協力をお願いします。

図6国際的な発信ということでは、個々の教員が実践されているほかに、研究所の国際協力事業も重要です。一昨年度から議論し、準備してまいりました北京での中国科学院との合同ラボがいよいよ活動を始めます(図6)。すでに研究支援を中心とする吉池、林両特任教授は北京での活動を開始していますし、ハルピンの中国農業科学院との共同研究も河岡教授を中心に始まっています。また北村特任教授ともうひとかた選考中の教員が科学院合同ラボでの研究をまもなく開始することになっています。岩本拠点長のもと、感染症研究の国際的な展開に向けてこれに直接・間接に関わられる教職員のご尽力をお願いします。さらに感染症研究での国際活動として、今年はパスツール研究所との合同シンポジウムと研究協力協定の批准が4月に、またAMBOトレーニングコースが5月に開催されます。感染症研究を足がかりにこのような研究活動と国際交流が進んでいますが、近未来には研究領域を広げた交流を実践したいと考えています。また6月には学生交流として中国科学院学生院ならびにネブラスカ大学と医科学研究所の間での学生研究フォーラムが北京で開催されます。昨年SHIROKANEシンポジウムと命名して医科学研究所で行われた研究所ネットワークシンポジウムや、13回目を迎える東アジアシンポジウムが引き続き開催される予定であり、これまで同様に医科学研究所がリーダーシップを発揮していきたいと考えています。清木副所長や井上国際交流委員長をはじめ、担当の先生方にはご努力に深く感謝しております。

「研究体制と環境の整備」についてですが、重要な課題として2年後のヒト疾患モデル研究センターの改組があります。すでに岩倉センター長と執行部では議論のたたき台を作る準備を始めていますが、今年度は早い時期に将来計画委員会での検討をお願いする予定であります。センターの規模、担当する研究領域などについて十分な議論を経て、医科学研究所の基礎と臨床の間をつなぐミッションを持った組織の構築を検討したいと考えています。また喫緊の課題としては、システムゲノム医科学プログラムでも重要な位置を占める疾患プロテオーム研究の推進体制強化があります。その中には支援組織としての蛋白質解析コアラボの充実が含まれることは言うまでもありません。長年の課題である病理コアラボの運営に関しても、早急に検討し、解決を図らなければならない課題が累積しています。教員の定員増が望めない中、外部資金を活用してこれらの課題の解決を図ることも検討しなければなりません。更には基幹研究部門では1年後に4人の教授が定年退職されますが、基礎医科学部門や癌・細胞増殖部門での慢性的な教員定員の不足の問題への対策とあわせて、その後任人事の進め方の原則を今年度には固めておく必要があります。

図7環境整備については、17年度施設補正予算でようやく2号館の改修が実現します。併せて研究所のロイヤリティー資金を一部足して臨床研究棟の改修も実現します。またすでに4号館RI室を一般研究室に移行させる計画が進んでおり、これらが実現すると、基幹研究部門の分野やメディカルゲノム連携講座の研究スペースがようやく整うことになります。当面残るは本館東ウイングの改修整備です(図7)。臨床研究の場をここに置くというプランは、以前からできていますが、いかに資金を集めるかは難しい課題です。魅力的なプログラムを提唱し産官の協力を求める努力を堅持する必要があります。

研究環境の整備で欠かすことができないのは安全な研究環境の整備であります。特に法人化後に労働基準法に照らした労働環境の整備が求められ、医科学研究所でも安全衛生管理室を中心に、薬品管理、職場巡視、健康診断などで膨大な仕事をこなしてきました。安全衛生管理室を担当される笹川教授や事務方のご尽力に感謝します。

図8最後になりますが、17年度は定年退職教員はおられませんでした。事務方では重光経理課長をはじめ5人の方が退職されました。再任用される方や新たな職に付かれ新たなお気持ちでこの4月を迎えておられると思います。これまでの医科研へのご貢献に感謝するとともに今後のご発展をお祈りしたく思います。また事務部では、紺野総務系課長の異動などの人事がありました。重光課長の後任には、鈴木課長が、紺野課長の後任には糸井課長が着任しています。そのほかに事務方では新しく2名が着任しています。また病院では16名の看護師と1名の理学療法士が新しく採用されています。新しい職場で戸惑うことが多くあるかもしれませんが、戸惑いを一瞬にして拭い去られ、医科研の発展にご尽力されることを期待しております。

以上研究所の課題を紹介し、私の2006年度初頭挨拶とします(図8)。ご清聴ありがとうございました。