東京大学医科学研究所

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所長メッセージ

平成22年 年頭挨拶

2010年01月04日

 明けましておめでとうございます。
 医科学研究所が新しい年を迎えるに当たり、一言ご挨拶を申し上げます。

 昨年は、一昨年に引き続いて世界経済の低迷が続きました。世の中が大きく変わる必要性を感じとった結果、米国ではオバマ政権が誕生し、我が国では民主党の鳩山政権が誕生しました。法人化後の6年間、国立大学法人への予算は継続的に削減されていますが、それに加えて、昨年11月には新政権による平成22年度予算の事業仕分けが行われました。科学・技術に対する基本的な方針が示されないままに、いきなり教育研究支援にかかわる予算の廃止、削減、見直しが公開の場で次々と結論されていく様子は非常にショッキングなことでした。また、いろいろなところで繰り返し話題になった論点に「1番でなく、2番ではだめか?」という質問がありましたが、これにはカルチャーショックを感じた方も多かったと思います。この事業仕分け結果に対しては色々な方面からの反論が表明され、少なくとも一部は功を奏しているようです。

 しかし、とにかく無駄を排して効率のよい事業計画の執行が求められる時代になったことは確かです。このことは医科学研究所も例外ではありません。医科学研究所も今年度は例年通りの支出をしていると赤字に陥ることが予想される事態となり、各研究室への運営費配分の削減も含めて緊縮予算の体制を取らざるを得ない状態となりました。平成22年度に向けては、収入見通しに基づいた支出計画を練り直す必要がありますが、そういった中でも収入を殖やしチャレンジを継続する余力を確保する必要があります。

 経済面ではしばらく困難な状況が続きそうですが、サイエンスの分野では、新しい話題が続々と生まれています。2009年の医学生理学分野のノーベル賞がテロメアとテロメアーゼの発見に対して贈られたことは我々にとっても大変身近な話題でした。テロメアは染色体の末端にある構造で染色体の完全性を維持するために重要な役割を果たしています。この構造はテロメアーゼという酵素の働きで維持されていますが、成熟固体の細胞ではテロメアーゼの働きは低く、テロメアは細胞分裂とともに短くなっていき、細胞老化の時を刻む装置として働きます。一方で、無限増殖能を獲得したがん細胞ではテロメラーゼ活性が高いことが知られており、テロメラーゼを標的とした抗ガン剤開発が進んでいます。

 今でこそテロメアーゼはがん治療や再生医療分野で重要であることが知られていますが、もとは単細胞の真核生物を使った実験から見つかりました。つまり、純粋に研究者の興味から始まった研究成果です。昨年はオワンクラゲから光るタンパク質を同定した下村博士にノーベル賞が贈られたことを話題にしましたが、いずれも個人の興味に基づいた研究が新しい発見に結実し、何年も後に社会に大きなインパクトを与えるようになった例です。

 一方で、基礎科学が進めば自動的に応用的な分野も進むのかというとそういうことでもありません。基礎科学の成果がどのように技術開発に生かされているかは科学技術の振興を図る面からも注目されています。例えば、IT、ナノテク、バイオといった先端技術分野の特許にどのような基礎科学の成果が使われているかを調べてサイエンスリンケージの高さとして表わされています。バイオの分野はITや工学分野に比べてサイエンスリンケージが高い分野とされています。つまりバイオは基礎科学の成果がすぐに応用に結びつきやすい分野です。しかし、サイエンスリンケージが高い分野ほど日本は弱いという残念な結果となっています。特に日本のバイオの領域では、発見から技術革新へという流れが悪いということのようです。

 基礎医科学の知を医療へと展開することは医科学研究所の組織目標ですが、実際には研究者個人の研究を奨励する以上のことは十分にはできていません。冒頭では、経済面から見て事業推進の効率を高める必要があることをお話ししましたが、医科学研究所のイノベーションの効率を高めることも大きな課題です。その為には、個人の創造的な基礎研究と医療の直面する問題が日常的に出会うような仕組みを作り、サイエンスリンケージを組織的に高める工夫が必要であると感じています。今年は是非そのような方向に向けた改革の一歩を踏み出す年にしたいと思います。それと同時に、創立120周年に向けて新しい医科研像を皆さんと考えたいと思います。

 最後になりましたが、今年も皆様が健康で幸せに過ごされ、それぞれの新年の夢を実現されることを祈念して、年頭の挨拶とさせていただきます。