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2007年年頭挨拶

2007年年頭挨拶

2007年01月12日

070104-1.jpg図1新年明けましておめでとうございます(図1)。この4月から長らく大学の研究体制において重要な役割を果たしてきた助手という身分が大きく変わり、また、いくつかの生命科学研究の拠点形成が進もうとしているなど、2007年もまた大学をめぐる情勢がめまぐるしく変化していくと思われます。そのなかにあって医科学研究所が、時代の流れを的確に把握しながらも自らの使命を見失うことなく発展し続けることを確信しつつ、新年のご挨拶を申し上げます。

070104-2.gif図2この3月で、2003年からの4年間の私の所長任期は終了します。12月の教授総会での所長選挙の結果に従い、4月からは清木新所長のリーダーシップのもとで医科学研究所が歩んでいくことになっています。その節目にあたり、この4年間を振り返り、この間の主な出来事をまとめてみました(図2)。一つ一つには背景や多くの関わる事項があるので逐一申しませんが、主なものとして国立大学の法人化、北京での日中合同ラボの設置を含む感染症研究体制の整備、公衆衛生院跡地問題を含むTRへの取り組み、メディカルゲノム専攻の設置、プロテオミクス研究体制の整備、2号館改修等建物整備、国際交流の推進などをあげることができます。これらは法人化への対応、医科研での基礎からTRといった研究体制・施設の整備、大学院教育を通した後継者育成、国際発信といった課題に分類されますが(図3)、これらに直に関わってきた4年間の経験を基に医科学研究所の課題をまとめてみたいと思います。070104-3.gif図3


法人化をめぐる課題

任期の1年目、2年目は法人化への移行で多くの時間を費やしました。そして今東京大学の新しい運営形態が一応固まってきているといえます。しかし法人化した大学の運営は従来よりもより生ものに接するようなものであり、固まってきたといってもそこでとまっているわけではありません。従来の研究教育といった役割の上に経営という視点を持ち込む必要性が増したことがその大きな原因であります。法人化や法人化後の大学を取り巻く状況の変化は、我々に大学とりわけ旧国立大学のあり方を見直すという機会を与えてくれました。中期目標など目標値の設定、経営的基盤の確立、競争的資金、学からの起業、産学連携本部、知財など、これまで表面に出てこなかった考え方が大学の中に満ちています。国立大学法人の運営費交付金が毎年1%づつ下がってくるという国の政策が続くなかで、このような経営に関わる事柄に大学が力を入れることは必須であります。しかし一方で、我々は独創的な研究を展開し、知を創造しそれを次世代に渡すとともに、その成果を社会に還元するという役割を忘れていないことを外に向かって示していく必要があります。そのために、東京大学は研究・教育・経営といった課題にどのように対応していくのかについて、アクションプランを掲げています(図4)。070104-4.jpg図4これは憲法に当たる東京大学憲章を土台に、小宮山総長の下大学の総意として纏め上げているものです。医科学研究所の研究・先端医療推進のあり方についても記されていますので是非目を通されることをお勧めします。そしてそのアクションプランにたって、大学人としての我々がわが国の医科学研究をリードするべく、10年、20年先を見通した医科学研究所の構想を打ち立てていく必要があります。財務的な戦略をその中に含んでおく必要があることは自明であります。とりわけ附属病院に関してTRと財務を並立させた戦略が必要であり、病院だけの問題として捉えるのではなく研究所全体で議論すべきであります。


医科学研究所における生命科学研究と先端医療開発研究

医科学研究所はわが国最大の生命科学の研究所でありまた唯一先端医療開発のための、言い換えればTR推進のための、研究病院を持つ、きわめて特徴のある研究所であります。つまり、医科学研究所は基礎医学・生命科学研究を推進し、その成果を臨床研究につなげ、TRを実践する体制を有しています。そしてこれまで、主にがん・免疫・感染・神経といった領域の基礎的研究を高度なレベルで展開してきており、これからも展開し続けることに疑いの余地はありません。さらにはゲノム機能解析、遺伝子発現制御やシグナル伝達といった生命科学の基本的な課題にも取り組んでおり、その成果は国内外に注目されております。しかしながら私は質の高い研究を出し続けるために、「釈迦に説法」的ではありますが、今一度われわれは気を引き締めてよいのではないかと思っております。医科学研究所は最先端の医科学研究を推進する研究組織であります。大学院学生を教育しまたポストドクを育てますが、それは第一線の研究の場で行うon the job trainingであります。我々は優れた研究環境にいます。しかしそのような良い研究環境の医科学研究所にいることで研究できることに満足するのではなく、さらに良い研究の場としての医科学研究所を作っていくべく研究を展開すべきであります。医科学研究所の基礎医科学部門、がん細胞増殖部門、感染免疫部門での研究を中心とする基礎研究はこれまで力強く進んできました。しかしながら、メディカルゲノム専攻立ち上げによる教員数の減と法人化時の定員固定の方針により、基礎研究部門の分野数は常に空席を持たざるを得ないという状況になっています。またこの3月にはこの3つの基礎研究部門から、御子柴先生、渋谷先生、竹縄先生、高津先生の4教授が退職されます。基礎部門の教授・助教授名簿を見ると空席が目立ちますがさらに空白ができるわけです。当然教授選考は始まりますが、強固な基礎研究推進体制を持ち続けるために、退職される先生方、また現役の先生方に負けずとも劣らない優れた研究者を選んでいかなければなりません。また何も教授に限らず、助手などの若手教員採用に当たっても、採用する側の教授を近い将来には凌駕する力をもつような研究者を選んでいただきたいと思います。
昨年度のノーベル医学賞受賞に選ばれたRNAi研究の例を挙げるまでもなく、生命科学の優れた研究成果は必ず臨床研究に貢献するものであります。医科学研究所で進められている、遺伝子発現制御やシグナル伝達研究、高次生命機能研究、またウイルス複製の研究やウイルスや細菌感染時の宿主反応に関わる研究は、まさにTRへのシーズを提案する研究であります。先日東京大学のTR懇談会に文科省ライフサイエンス課長がこられる際に東大でのTRシーズ研究のリストを作成しましたが、医科研の基礎研究分野からは多くの研究課題を提案できました。是非ともそれらの課題を力強く推進していただきたいと思うとともに、さらに医科学研究所の基礎研究を発展させるためにこれから始まろうとする教授選考では優れたあらたな血を導入すべきと考えます。

さて附属病院でのTR実践を考える上で、基礎研究からのシーズ発掘に並んで、あるいはそれ以上に重要な役割を果たすのはヒトゲノム解析センターでの研究成果であります。がんに関わる遺伝子解析研究や、またバイオバンクを基にした疾患遺伝子研究の数多くの成果はTRにより直結するものといってよいでしょう。また、来年度調査費がついた幹細胞研究の推進は従来から医科研で進めてきた細胞療法を発展させ病院でのTR実践につながるものであります。昨年後半には、医科研でのTR推進について、ゲノム医療や細胞療法を中心に先端医療研究センター運営委員会や教授会等で議論が積み重ねられました。そこでの議論を是非とも実行に移していかなければならないと考えます。私は2003年春に所長室に入ったとき医科学研究所が病院を持っていることの重要性をずっしりと感じるとともに、医科学研究所の全ての構成員が、附属病院の存在意義をあらためて確認することが必要であると実感しました。そしてTRの掛け声が自然に出てきましたが、なかなか基礎から臨床までが一体となっていると感じることはできませんでした。しかし、昨年秋からの議論はようやく一体感を漂わせています。さらに議論を経て、基礎研究、ゲノム解析研究、幹細胞研究から、ゲノム医療、細胞療法などの先端医療を推進し医科学研究所の発展につなげることができればと願っています。


070104-5.png図5TR支援組織について

私の任期の間、もっとも時間をかけて考え議論したひとつは公衆衛生院跡地での全国レベルのTR支援組織構築でしょう。さまざまな方向での議論が進行し、結局は実現できませんでした。力不足を感じているところですが、この問題は正確に分析して記述しなければならないことなので、ここでは深くは立ち入りません。ただわが国の先端医療推進のために全国に開かれたTR支援組織の設置は必須であります(図5)。国策として進めるべきであり、現在もJST等ではそのような支援組織のあり方について提言をまとめようとしております。全国レベルのTR支援組織を作ることができた場合にそれと連携する上でも、医科学研究所附属病院をTR支援拠点病院として強化する必要があります。これについては現在山下病院長の下で実現に向けた検討が進んでおり、学内外の研究組織と連携したTRの推進を構想しております。なお必ずしもTR支援組織と連動するものかどうかにかかわらず、公衆衛生院跡地(図6)の有効利用については今後も検討を重ねていく必要があるでしょう。070104-6.jpg図6


研究体制の整備

研究体制の整備には、施設設備の整備、研究組織整備と研究費の確保の三つがあります施設整備では(図7)、今年度ようやく2号館の改修がかないました。この改修は4年前に行われることになっていましたが、私が所長になった直後にいきなりstopしました。タイミング的には私はイラク戦争のせいではないかと思っていますが、根拠は脆弱です。それ以降改修を要求し続けてきました。ようやく改修が認められこの4月には2号館に連携講座のメディカルゲノム専攻の3分野がうつり、また講義室や、またオープンラボができます。これにより狭隘なスペースに甘んじていた研究室がかなり減ります。しかし先端医療研究センターや附属病院の先生方の研究室また看護師の専用室はいまだに狭隘であり、本館、特に東ウイングの改修はきわめて喫緊の課題であります。幸か不幸か1号館は強固であり耐震性に問題はありません。耐震性で要求できなくても優れた研究プロジェクトを遂行する場として位置づけて改修を文科省に要求することは可能であります。070104-7.jpg図7同時にまた、医科学の特定の研究協拠点として、あるいは産学連携研究の場として整備することも選択肢として考えております。また研究環境の整備の一環としてですが、長年あばら家に近い建物で運営してきたひまわり保育園が新築されることになりました。総長裁定で年末に決まりました。少し規模も大きくなるよう働きかけますので、乳幼児を持つ共働きの方々は期待していただきたいと思います。
研究組織では、感染症国際研究センターが設置され、また北京に日中合同の感染症研究拠点が設置されました。医科学研究所の看板のひとつである感染症研究の推進が強化されたといえます。また数年間概算要求し続けた幹細胞療法センター構想には19年度に調査費がつきました。是非ともこれを実現し幹細胞の基礎から臨床までを連結させるハブとしての役割を果たすことを期待したいと思います。また所内措置では疾患プロテオミクスラボラトリーを設けました。感染症研究拠点のように外部資金を獲得して作ったものではありません。今後ますます重要性の増すプロテオミクス研究を医科学研究所でも戦略的に進めるための組織であり、支援業務を遂行しながらも常に先端的なプロテオミクス研究の息吹を研究所内に持ち込む役割を果たしていただきたいと考えています。また施設自らもプロテオミクス研究の外部資金を獲得することに意欲的であるべきです。
070104-8.png図8研究組織に関するもっとも大きな課題は19年度に10年の時限が終わるヒト疾患モデル研究センターの将来構想です。これはきわめて緊迫した課題でありますので、センター長から提起されている私案をもとに、将来計画委員会で議論を急いでいただかなければなりません。
一方でこれら研究組織については、医科学研究所の10年先を見越した構想の中で捉える必要があります。私は基礎から臨床までを持つ医科学研究所全体を統一して捉えるものとして、システムズバイオロジーを基本とするシステム医科学あるいはシステムゲノム医科学研究体系があると考え任期の初めにこのような図を提示しました(図8)。そして昨年の正月には岩倉教授のアイデアを元にバーチャルなシステムゲノム医科学拠点プログラムを考えました(図9)。ゲノム研究、プロテオミクス研究から産出される膨大な情報をバイオインフォマティクスで統合し医療につなぐことは医科学研究所でこそ可能であると考えます。これについても昨年の春先に有志が集まって行った議論がそこでとまっていますので、将来計画委員会あるいは所長室の下に特別な委員会を設けて構想をまとめる必要があるでしょう。

070104-9.png図9研究費については個々の先生方の力に大きく依存するものですが、医科学研究の拠点として医科学研究所が機能するための大型経費に関しては研究所が戦略的に取り組む必要があります。20年度からのグローバルCOEは現在の21世紀COEプログラム「ゲノム医科学の展開による先端医療開発拠点プロジェクト」を引き継ぐものとして必須であります。「TR支援拠点」や「世界トップレベル国際研究拠点」など文科省が公募する拠点形成プログラムのなかで、医科学研究所の使命に合致した大型研究資金には取り組む必要があります。一方で今競争的資金獲得の名の下に研究費の「奪い合い」が過剰になっている現実にも冷静に目を向けたいと思います。医科学研究所はわが国の最大級の生命科学・先端医科学の研究の場であると先に申しましたが、その特長を生かしわが国の医科学研究にどのような財務的資源が必要なのかも提言することが望まれます。例えば我々のほうからわが国の医科学や生命科学の進展に必要な「ワクチン研究拠点」や「システム医科学研究拠点」等の構想を文科省に働きかけることも重要であります。ただそのような提言をタイムリーに行うためには、所長室ならびに所長企画室を強化すべきであります。


国際交流について

私が所長を務めて改めて実感したことのひとつに、医科学研究所の教員の多くが国際的に高く評価されており、国際的な研究の場で活躍していることです。その現われのひとつとしてアジア諸国をはじめとする諸外国からの研究協力の働きかけがあります。カタールからゲノム研究の協力依頼、ハノイ医科大学からの幹細胞研究者養成依頼、韓国の二つの大学からの研究協力の申しこみなどがあります。このほかにパスツール研究所との学術協定締結と合同シンポジウム開催がありました。また中国科学院との感染症研究合同ラボ設置や学生国際フォーラムでの連携、そして東アジアシンポジウム・淡路国際シンポジウムの開催などで医科学研究所は主要な役割を果たしています。世界の医科学研究は北米、ヨーロッパ、そして東アジアの3極を中心に進んでいくことが国際的なバランスの上でも健全であると私は思っています。その意味で、東アジア諸国の研究機関と連携し医科学推進のハブとしての役割を果たすことは、医科学研究所のひとつの使命であります。同時に、組織として欧米の研究機関と連携しておくことも重要であり、私はヨーロッパでは医科学研究所と似た歴史を持つパスツール研究所を選ぶのが正しいと考えました。米国ではUCSFをひとつの標的にし、シンポジウム等で一定のつながりを作りました。このように国際交流の一つ一つについて、医科学研究の発展を明確に意識して進めることを念頭に置きたいと考えています。中でも中国科学院との日中合同ラボでの感染症研究は、国策としても重要に位置づけられており、具体的な成果が求められています。これを成功させる上でも日中合同ラボの研究の発展を願うとともに、私は医科学研究所の北京事務所をベースに医科学研究所の先生方が中国のアカデミアと、感染症研究にこだわらず協力関係を発展させることを願っております。北京大学や清華大学などの優秀な人材と交流することは意味深いと考えます。


070104-10.jpg図10このほかに大学院教育後継者養成の課題、病院看護師不足への対応策、病院経営、構内整備の諸課題、就業規則の見直し、教職員の福利厚生など課題に限りはありません。これらについても、きめ細かな対応が必要であることは当然であります。(図10)私の任期は3月で終わりますので、実現できた課題、実現できなかった課題についてその分析とともに清木新所長に引継ぎます。4月からは清木新所長の下、医科学研究所が知の創造と社会への還元という役割を果たす研究所として発展するものと確信していると申し上げ、わたしの新年の挨拶といたします。ご清聴ありがとうございました。