人を対象とした研究の倫理審査と同意取得に関する内部調査報告書  2008年9月9日 東京大学医科学研究所 ヒト検体の取扱いに関する緊急対策委員会   本報告書の構成  要旨    1.本報告書の位置づけ    2.医科学研究所全体の調査    (1)全研究分野における検体管理状況に関する調査    (2)全研究分野から発表された学術論文に関する調査    3.先端医療研究センターの1研究分野から発表された学術論文に関する調査結果                          (1)調査結果の概要    (2)事実と異なる記載があった論文1報に関する調査   (3)事実と異なる記載の疑義が報じられたその他の論文について    (4)大学院生の学位審査中論文に関する問題について    4.今回の問題の背景について   (1)先端医療研究センターと附属病院の関係    (2)医科研における倫理審査体制   (3)人を対象とした研究に関する教育体制    5.再発防止策と今後の取り組み   (1)短期的対応   (2)中・長期的対応    資料1 先端医療研究センターの1研究分野の発表論文のうち、事実と異なる記載の疑義が報じられた6報について  資料2 研究所附属病院検査部発「検体貸し出しに関する方針」(5月30日) 資料3 医科学研究所での対応の経過  以下報告書本文 要旨  2008年(H20年)4月30日、東京大学医科学研究所(清木元治所長)では、同研究所で実施された研究のうち、ある研究分野(「研究分野」は「研究室」に相当)で実施された研究において、臨床検体が不適切に取り扱われ、倫理的な手続きに不備があった可能性のある研究についての情報提供を受けた。同研究所は、これらの疑義に対する緊急調査の実施と対応策の検討のため、5月1日、ヒト検体の取扱いに関する緊急対策委員会を設置し、同委員会内に内部調査委員会を設置した。  同年5月28日、医科学研究所内の全研究分野に対して臨床検体の管理状態の調査を実施したところ、検体の管理状況については、全55研究分野(診療科を含む)中、30研究分野では、ヒト検体を保存していないとの報告があった。また、ヒト検体が保存されている25研究分野のうち、17研究分野においては医科学研究所の研究者からは個人情報にアクセスできない(匿名化された)検体のみが保存されているとの報告があった。  残る8研究分野では、匿名化されていない検体を保存していたが、そのうち、医科学研究所附属病院(山下直秀病院長)検査部では、臨床検査用検体のみを保存し、それらは直接研究に用いられない体制にあった。残りの7研究分野で保存している検体は、患者の検体を研究分野の解析機器で検査するために保存しているもの、臨床検査に用いた検体を再検や将来の研究目的等に備えて保存しているもの、外部より各研究分野で受託した特殊検査に用いた検体を再検や将来の研究目的等に備えて保存しているもの、稀少な感染症や難病のために保存されているもの等であった。また、これらの7研究分野中の6研究分野では、検体の個人情報保護対策が適切にとられ、適正に管理していることが確認された。しかしながら、残る1研究分野では、検体保存のセキュリティ面およびそれらを研究へ利用する際に、不適切な手続きがとられていたことが明らかとなった。緊急対策委員会では、さっそく是正を命じ、すでに改善がはかられている。  また、内部調査委員会では、同年6月15日、医科学研究所の全研究分野から過去5年間(2003年-08年)に発表された全論文を対象として、それらが倫理的に適切に実施されたかどうかを確認するための調査を実施した。その結果として、2,100報中428報がヒト検体を用いて書かれた論文であることが確認された。ヒト検体を用いた研究においては、「臨床研究に関する倫理指針」施行前に開始された研究は、同指針の対象には当たらないが、このうち施行以降に終了したものについては、「可能な限り、同指針に沿って適正に実施することが望ましい」と定めており、倫理審査委員会への申請のほか同指針に準拠した体制に変更されるべきとされている。このような状況に相当する論文が、428報中3分野から5報発表されており、このうち倫理審査委員会に申請していなかったものが4報、申請はしたものの倫理審査委員会からの最終的な承認が得られていなかったものが1報あった。  精査の結果、最終的に倫理審査委員会による承認が得られなかった研究を記載した1報においては、論文上、「IRB (Institutional Review Board: 施設内倫理審査委員会)で承認を得た研究計画」であり、「すべての患者は、ヘルシンキ宣言に則り、情報を与えられた上で同意をした。」との記載があったが、これらは事実と異なっていることが明らかとなった。  まず、医科学研究所の倫理審査委員会では、本論文に関連した申請が承認された記録は存在しておらず、責任著者が、該当するものと想定していた倫理審査の申請は、審査が未完のままであった。倫理審査委員会からの修正指示があったものの、担当者の異動に伴う引き継ぎの不備等が重なり、責任著者は「承認済みである」との誤った認識を持つに至り、そのまま研究が継続されていた。論文投稿後、学術雑誌編集部から倫理審査の承認状況について記載するように指摘を受け、責任著者は倫理審査委員会からの審査結果通知書を確認しないまま、「承認を得た」と記載していた。  また、この責任著者の診療科では、昭和50年代から、患者に対して将来の研究目的で検体を採取・保存することについて口頭で同意を得るように努めていた。しかし、責任著者が引用したヘルシンキ宣言で求めているように、口頭で同意を取得したことが客観的に確認できる体制は取られていなかった。そのため、患者に全く無断で検体を研究利用した可能性は極めて低いものの、「すべての患者から同意を得た」ことが客観的に確認できる資料は存在していなかった。したがって、この点も事実と異なる記載であった。  緊急対策委員会としては、これらは意図的な虚偽とはいえないものの、責任著者の研究倫理に対する認識が極めて低く、研究を開始するために必要な倫理面の手続きを軽視した結果によるものと判断した。  また、緊急対策委員会では、医科学研究所での、人を対象とした研究の倫理に関する教育研修や倫理審査体制の周知の不足、事前相談受入体制の不足、指針等への遵守状況の監督体制の未構築もその遠因となっていると判断した。  そのため、医科学研究所では、同年7月25日付で「人を対象とした研究の倫理再構築委員会」を設置して、今後の再発防止策を検討した。まず、同年8月6日付で「研究倫理支援室」を立ち上げ、同室を中心として、研究分野ごとに研究倫理指導員を配置したほか、研究倫理や倫理審査に関する臨時研修を開催し、研究者からの事前相談受入を開始した。今後は同室を中心として、定期的な研修の開催、倫理審査体制の見直し、倫理審査に関するモニタリングの強化、ヒト検体取扱いに関する手順書の改訂等を実施することを決定した。  以上 1.本報告書の位置づけ  本報告書は、東京大学医科学研究所(所長・清木元治;以下、「医科研」という。)におけるヒト検体の管理状況と既発表論文における研究倫理面の手続きについて、精査した結果、明らかになった問題点やその背景について考察し、まとめたものである。  従来、医科研では、主として人を対象とした医科学研究の計画に対して倫理審査委員会での審査を実施してきた。しかしながら、審査の質の向上と効率化を目指して2008年度(H20年度)より審査体制を変更し、研究者に対して教育研修を定期的に実施することとしたほか、申請書の刷新をはかったところである。  その結果として、構成員の問題意識が高まり、倫理審査委員会への申請、研究参加者の適切な募集方法、研究参加者の立場に立った同意書の作成、検体管理のセキュリティ等に関する相談が、研究者から倫理審査委員会に寄せられるようになった。多くの研究者が被験者あるいは試料提供者に対する配慮に心を砕き、真摯に対応しようとしている姿勢が認められたところである。  そのような折、2008年(H20年)年4月30日、外部からの通報により、医科研で実施された臨床研究のうち、倫理審査委員会での審査を受けずに実施された研究についての疑義が生じた。これは、特に、医科学研究所附属病院(病院長・山下直秀;以下、「医科研附属病院」という。)と密接なかかわりをもつ、先端医療研究センター(センター長・森本幾夫)に属する1研究分野にて研究利用されている検体の管理状況、同意取得、倫理審査に関する情報提供であった。  そこで、医科研では、2008年(H20年)5月1日付で「ヒト検体取扱いに関する緊急対策委員会」(以下、「緊急対策委員会」という。委員長・清木元治)を設置し、そのなかに同日付で「内部調査委員会」(委員長・井上純一郎)と7月25日付で「人を対象とした研究の倫理再構築委員会」(委員長・清野宏)を立ち上げた(図1)。「内部調査委員会」を中心として、医科研内におけるヒト検体管理状況を精査したほか、学術論文における倫理的な手続きに関する緊急調査を実施した。また、「人を対象とした研究の倫理再構築委員会」では、再発防止策の検討をおこなっている。  なお、内部調査および再発防止策の妥当性については、外部識者による客観的な判定が必須であると考えた。そのために、倫理審査委員会の外部委員を中心に構成する「第三者判定委員会」(委員長・松田一郎北海道医療大学学長)を2008年(H20年)7月11日付で設置し、内部調査の途中経過を定期的に報告している。「第三者判定委員会」は、本報告書の妥当性を判定し、医科研が今後執るべき改善措置に対する助言を行うこととなっている。本報告書は、同年9月9日付で「第三者判定委員会」に提出したものである。 第三者判定委員会の開催日 2008年(H20年) 7月11日 第1回 第三者判定委員会 開催 同年 7月24日 第2回 第三者判定委員会 開催 同年 9月 4日 第3回 第三者判定委員会 開催 同年 9月 9日 所長より内部調査報告書提出 以上   図1:医科学研究所におけるヒト検体の適正な取扱いに関わる対策実施体制   「ヒト検体の取扱いに関する緊急対策委員会」 委員長 清木 元治(所長、腫瘍細胞社会学分野教授) 井上 純一郎(副所長、分子発癌分野教授) 清野 宏(副所長、炎症免疫学分野教授) 山下 直秀(医科学研究所附属病院長) 今泉 光史(事務部長) 糸井 和昭(総務課長) 三宅 健介(倫理審査委員長、感染遺伝学分野教授) 村上 善則(人癌病因遺伝子分野教授) 山梨 裕司(腫瘍抑制分野教授) 武藤 香織(公共政策研究分野准教授) 「内部調査委員会」 委員長 井上純一郎、三宅健介、村上善則、山梨裕司、武藤香織、長村文孝(医療安全管理部部長、6月13日まで) 「人を対象とした研究に関する倫理再構築委員会」 委員長 清野 宏 内部委員 真鍋 俊也(神経ネットワーク分野教授)、長村 文孝、武藤 香織 外部委員 赤林 朗 (医学系研究科医療倫理学分野教授)      渡邊 俊樹(新領域創成科学研究科病態医療科学分野教授) 「第三者判定委員会」 委員長 松田 一郎(北海道医療大学学長) 大瀧 敦子(明治学院大学大学院社会学部教授) 児玉 安司(三宅坂法律事務所弁護士) 田辺 功(医療ジャーナリスト) 矢冨 裕(医学系研究科臨床病態検査医学分野教授) 図1以上 2.医科学研究所全体の調査 (1)全研究分野における検体管理状況に関する調査  @ 調査目的および方法  医科研内の全研究分野におけるヒト検体の取扱い状況の全体像を把握し、管理上の問題点を抽出するために、2008年(H20年)5月28日付けで、医科研内の全研究分野に対して、ヒト検体の管理状況(匿名化、同意取得、研究利用の際の手続き等)について、自己申告の形で調査を依頼した(第一次調査)。また、この調査によって、匿名化していない検体を保存していることが明らかとなった研究分野に対しては、さらに詳細に適正な研究利用の手続きがおこなわれているかどうか(同意書保管やセキュリティ等)に関する自己点検シートを配布し、回答を依頼した(第二次調査)。    A 調査結果および対策 (調査結果円グラフ省略)  第一次調査の結果として、全55研究分野(診療科を含む)中、30研究分野においては、ヒト検体を保存していないとの報告があった。また、ヒト検体が保存されている25研究分野のうち、17研究分野においては医科学研究所の研究者からは個人情報にアクセスできない(匿名化された)検体のみが保存されているとの報告があった。   残る8研究分野では、匿名化されていない検体も保存されていた。これらの内訳は、医科研附属病院検査部、基礎研究を担う1研究分野、先端医療研究センターに所属する6研究分野であった。  医科研附属病院検査部では、臨床検査用検体のみを保存しており、それらは直接研究に用いられない状態で適切に管理されていた。検査部で保存している臨床検査用の検体を、他の診療科・研究分野において研究に用いる必要が生じた場合には、これまでも検査部長による許可や研究利用の同意書の確認が必要との申し合わせがあったが、管理システムをさらに強化するためにこれらを文書化して「検体貸し出しに関する方針」(平成20年5月28日制定)とし、倫理審査委員会承認後の当該研究計画書をあらかじめ検査部長に提出して許可を受けることとなっている。  また、基礎研究の1研究分野では、外部より受託した特殊検査に用いた検体を再検や将来の研究目的に備えて保存していた。  残りの6研究分野は、先端医療研究センターに所属していた。東京大学医科学研究所附属病院規則(平成16年4月1日東大規則第66号、平成16年4月28日改正)の第1条には、医科研附属病院と先端医療研究センターとの関係が次のように書かれている。 ここから引用  東京大学医科学研究所附属病院(以下「附属病院」という。)は、研究所病院としての特性を活かし、東京大学医科学研究所附属先端医療研究センター(以下「医療センター」という。)と連携して、患者の診療を通じ、医科学研究所の設置目的と合致した難治疾患に対する先端医療開発及び臨床研究を行うことを目的とする。 引用終わり  これを根拠として、先端医療研究センターは、医科研附属病院での診療を行いながら基礎研究と診療の橋渡しとなる研究を遂行する役割を担っていることから、研究所の研究分野でありながら、医科研附属病院と密接な関係がある。そのため、これらの研究分野で保存中の匿名化されていない検体の内訳は、医科研附属病院受診患者の検体を研究分野の解析機器で検査するために保存しているもの、臨床検査に用いた検体を再検や将来の研究目的等に備えて保存しているもの、稀少な感染症や難病のために保存しているもの等であった。  そこで、第二次調査として、緊急対策委員会よりこれらの7研究分野に対して、さらに詳細な自己点検を依頼し、具体的な管理状況について報告を指示した。その結果、7研究分野中の6研究分野においては、連結可能匿名化された個人情報の対照表の厳重な管理体制や検体を管理する冷凍庫の常時施錠、同意書の管理体制等が万全にとられていることを確認した。検体の保存期限、個人情報保護責任者や検体管理責任者が対応できない場合に備えた対策、検体の保存機器の安全管理等については、研究分野によって取扱い数や人材、環境にも違いもあり、研究分野ごとに対応が異なっているが、それぞれ問題がないことを確認した。また、研究利用の同意がある検体とそうでない検体を区別できるような保存体制や、同意があるかどうかを判別するための管理体制も構築されていた。しかしながら、緊急対策委員会としては、これまで各研究分野の自主的な取り組みに任せてきたことを反省し、今後、医科研として統一した対応に向けた議論を進めていく必要があると判断した。  一方、残りの1研究分野では、古い検体の個人情報管理体制、検体を保存する冷凍庫の常時施錠管理に不備が認められた。そのため、緊急対策委員会による指導をおこない、病院長の確認のもと、古い検体に対しても可能な限り匿名化をおこない、冷凍庫は常時施錠されるように是正された。  また、この研究分野では、過去に、実習や追加検査用として医科研附属病院検査部より主治医に貸し出された検体がしかるべき手順を踏まずに研究利用されたことがあったことが明らかとなった。これは、実習や追加検査のために検査部から主治医に貸し出された検体のその後の管理について、各診療科・研究分野に任されているために起きたことと考えられる。再発防止のため、緊急対策委員会では、研究分野ごとに1名の検体管理責任者を定めるように指示し、個人情報管理責任者も交えて連絡会議を開催した。これにより、各研究分野でのヒト検体管理体制の工夫や問題点を共有し、ヒト検体の研究利用に対する意識向上を図った。  なお、7研究分野中、先端医療研究センターに所属する2研究分野(問題のあった1研究分野は含まない)及び基礎研究の1研究分野の計3研究分野では、稀少な感染症や難病の検体、貴重なウィルスを含む検体が、匿名化されずに凍結されていた。匿名化作業のためには解凍を要するが、解凍すれば貴重な検体が損なわれるため、これらの検体に匿名化作業はおこなわれていない。しかしながら、それらを厳格に制限された管理下に置かれていること(取り扱う研究者に対する個人情報保護教育研修や契約書の取り交わし、法的な守秘義務のかかる者だけに取扱いを許可する等)、研究利用する際には、各倫理指針の指示に従って、匿名化が行われた後に研究がなされていることを確認した。  また、これらの3研究分野では、前任の責任者の研究テーマであった検体等数十年前から引き継がれてきた古い検体や、現在の在籍者らが前任地で収集した検体等が保存されていた。そのため、緊急対策委員会では、今後研究利用する可能性が著しく低い検体の廃棄処分を促すと同時に、研究利用の同意があったかどうかを確認できない検体の研究利用については、倫理審査委員会に相談するようにあらためて指示した。   (2)全研究分野から発表された学術論文に関する調査  @ 調査方法  内部調査委員会では、2008年(H20年)6月15日付けで、医科研での倫理審査委員会への申請状況、対象者からの同意取得の状況について、学術論文の記載どおりの手続きがなされているかどうかを明らかにすることを目的として、医科研全研究分野における現在籍者に対して、2003年(H15年)から2008年(H20年)までに発表された全論文に関する調査を開始した。  全論文のうち、ヒト検体を用いた論文を抽出して研究内容を類型化し、以下のような観点から精査をおこなった。 ・ 以下の倫理指針(時期によっては改正前の指針)のいずれかの適用範囲となる研究計画かどうか。 > 「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」に基づく研究計画 > 「疫学研究に関する倫理指針」に基づく研究計画 > 「臨床研究に関する倫理指針」に基づく研究計画 > 「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」に基づく研究計画 ・ 医科研での倫理審査申請の記録と合致する内容かどうか ・ 対象者から研究に関する同意が得られているかどうか  調査方法としては、内部調査委員で分担して該当する論文を確認し、作業に必要な箇所をその論文の責任著者に対して問い合わせたほか、その回答内容と、実際の倫理審査委員会への申請書や審査結果通知書、全研究分野の成果をまとめて毎年発行している「Annual Report」の掲載内容との一致を確認した。また、詳細な内容確認を要した論文については、責任著者に同意書や実験ノートの提出を依頼し、内容を確認した。    A 調査結果(図2「医科学研究所全研究分野で調査対象となった学術論文の分類とその内訳」省略)  各研究分野から自己申告された論文は、合計で2,100報であった。これらを図2に示す手順に沿って、精査するとともに、分類していった。  なお、分類にあたって採用した考え方は、以下の通りである。 ここから引用 ○「臨床研究」の定義(厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」準拠)  医療における疾病の予防方法、診断方法及び治療方法の改善、疾病原因及び病態の理解並びに患者の生活の質の向上を目的として実施される医学系研究であって、人を対象とするもの(個人を特定できる人由来の材料及びデータに関する研究を含む。) ○「臨床報告」の考え方  臨床への還元や正確な報告の必要性から、患者への新たな侵襲を伴わずに、臨床上の記録をまとめた報告。臨床研究論文とは区別する。これらは、さらに以下の4つに分類される。 1.「治験報告」:新規プロトコールの検証等治験であることが明らかなものであり、治験審査委員会承認済のもの。 2.「検査結果報告」:先端的な検査の実施後、論文として発表した報告。あるいは、緊急を要する特殊検査を受託した場合の、検査結果の報告。 3.「症例報告」:稀な臨床例の報告等、知識の共有を図るために論文発表された報告。単一症例の報告、もしくはそれらをまとめた報告を含む。 4.「剖検報告」:稀な剖検例の報告等、知識の共有を図るために論文発表された報告。単一症例の報告、もしくはそれらをまとめた報告を含む。 ○「倫理指針施行以前に研究終了した論文」の考え方  厚労省「臨床研究に関する倫理指針」(旧指針)の施行日(2003年7月31日)の前日(2003年7月30日)以前に研究活動が終了した臨床研究の論文。 ○「他施設匿名化検体のみを用いた論文」の考え方  連結可能・不可能にかかわらず、既に他施設で匿名化され、医科研の研究者は個人情報にたどり着けない検体が医科研内に運搬され、その検体を用いて行われた実験に基づく臨床研究の論文。 ○「医科研が採取主体となった検体を用いた論文」の考え方  医科研の研究者が主体となって検体の採取や匿名化作業を実施し、それらの検体を用いて行われた実験に基づく臨床研究の論文。 ○「他施設で研究が実施され、共著者として参画した論文」の考え方  医科研内にヒト検体が持ち込まれておらず、ヒト検体を用いた実験等が他施設のみでなされた臨床研究の論文。 引用終わり  これらのうち、「ヒト検体を用いていない研究による論文」が1,672報(79.6%)、「ヒト検体を用いた研究による論文」が428報(20.4%)であった。  「ヒト検体を用いた研究による論文」428報(100%)のうち、「他施設で研究が実施され、共著者として参画した論文」124報(29%)と「臨床報告」85報(20%)を除く219報(51%)が医科研で行われた研究に基づく論文であった。219報のうち「医科研での倫理審査承認済の論文」が184報(43%)であった。この中には「臨床研究に関する倫理指針」(156報)と「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(28報)の対象となる論文は含まれていたが、「疫学研究に関する倫理指針」、「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」の対象となる論文は含まれていなかった。  他方、「医科研での倫理審査未承認の論文」が残りの35報(8%)であるが、この中には「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」、「疫学研究に関する倫理指針」、「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」の対象となる論文は存在しておらず、「臨床研究に関する倫理指針」の対象となる論文のみであったため、同指針との関連を検討した。  その結果、35報のうち、「臨床研究に関する倫理指針施行以前に研究終了した論文」が23報、「臨床研究に関する倫理指針施行以降に研究終了した論文」が12報であった。この12報は「他施設匿名化検体のみを用いた論文」7報と、「医科研が採取主体となった検体を用いた論文」5報に分類された。  「医科研が採取主体となった検体を用いた論文」5報の研究終了時は「臨床研究倫理指針」の施行後であったが、いずれも研究の開始は施行前であったことが実験ノート等から確認された。同指針の細則では、「この指針が施行される前に既に着手され、現在実施中の臨床研究に対しては適用しないが、可能な限り、この指針に沿って適正に実施することが望ましい」と定めている。そのため、これらの5報は、同指針の対象外であるが、倫理審査委員会への申請をはじめとして、同指針に準拠するべく研究体制の修正が必要であったと判断される。  さらに、これらの5報のうち1報では、倫理審査委員会で承認されていないにもかかわらず、論文には「IRB (Institutional Review Board: 施設内倫理審査委員会)で承認を得た」、「すべての患者は、ヘルシンキ宣言に則り、情報を与えられた上で同意した」と、事実と異なる記載があることが判明した。また、用いた検体の一部においては、研究利用の同意取得状況が確認できなかった。この論文の検証を含め、当該研究分野から発表された論文調査の詳細については、次節で述べる。  残りの4報は、他の2研究分野から発表された論文である。いずれも、「臨床研究に関する倫理指針」施行以前に研究が開始されており、実験従事者から実験のために新たに採取した末梢血を用いた実験に基づく論文であった。実験者である健常者の検体を用いる研究計画も、指針施行に際しては倫理審査委員会での承認が望ましかったが、申請されていなかった。ただし、論文上、事実と異なる記載は見られなかった。これらの4報の内訳は、以下のとおりである。 * 2004年に発表。2001年8月に実験を開始し、実験従事者(著者のうち2名)から採取した末梢血と、試料提供機関において連結可能匿名化された検体を用いた論文。 * 2005年に発表。2001年8月に実験を開始し、実験従事者(著者のうち2名)から採取した末梢血と、試料提供機関において連結可能匿名化された検体を用いた論文。 * 2006年に発表。2003年4月に実験を開始し、実験従事者(著者)から採取した末梢血を用いた論文。 * 2007年に発表。2001年5月に実験を開始し、実験従事者(著者のうち2名)から採取した末梢血と、試料提供機関において連結可能匿名化された検体を用いた論文。  なお、医科研の倫理審査委員会で未承認の論文のうち、「倫理指針施行以降に研究開始した論文」は0報であった。   3.先端医療研究センターの1研究分野から発表された学術論文に関する調査結果  事実と異なる記載が明らかとなった論文を発表した1研究分野における論文調査の結果詳細について、以下に記載する。   (1)調査結果の概要(図3「先端医療研究センターの1研究分野から発表された学術論文の分類とその内訳」省略)  当該研究分野の学術論文全62報のうち、ヒト検体を用いた論文が50報であり、そのうち「医科研からの臨床報告」が37報、「ヒト検体を用いた研究が他施設で実施され、共著で参加した論文」が1報、残り12報は「ヒト検体を用いた研究が医科研で実施された論文」であった。  この12報のうち、「医科研での倫理審査承認済の論文」が3報、「医科研での倫理審査未承認の論文」が9報あった。これらの9報は、「臨床研究に関する倫理指針施行以前に研究終了の論文」5報と、「臨床研究に関する倫理指針施行以降に研究終了の論文」4報に分類された。さらに、これらの4報は、「他施設匿名化検体のみを用いた論文」3報と、「医科研が採取主体となった検体を用いた論文」1報に分類された。  この1報は、臨床研究に関する倫理指針の施行前に研究を開始し、施行後にも研究が継続していたことから、同指針の細則に基づき、倫理審査委員会への申請をはじめとして、同指針に準拠した研究実施体制で行われるべきであった。また、検体を提供した患者による、研究利用に対する同意取得状況が一部確認できなかった。さらに、同意及び倫理審査の申請に関して、論文上、事実と異なる記載があることが判明した。以下ではこの論文に関する調査結果の詳細を述べる。   (2)事実と異なる記載があった論文1報に関する調査  @ 本論文に関する調査内容  タイトル:Heterogeneous promoter activity of the telomerase reverse transcriptase gene in individual acute myeloid leukemia cells defined by lentiviral reporter assay.  雑誌名(巻号):Haematologica. 2008 May 27. [Epub ahead of print]  本論文は、「IRB (Institutional Review Board: 施設内倫理審査委員会)で承認を得た」、「すべての患者は、ヘルシンキ宣言に則り、情報を与えられた上で同意した」と記載されているにもかかわらず、同意が確認できていない検体が一部使用され、また医科研内での倫理審査委員会で承認されていなかった論文である。なお、本論文は、すでに責任著者の自主的な判断により、2008(H20)年6月27日に取り下げ済みとなっている。以下は、インターネット上で確認できる、Hematologica誌編集部による論文取り下げの報告である。 ここから引用  ○ 日本語訳: 2008年5月27日にヘマトロジカ誌のホームページ上にて公表され、また、7月1日号のヘマトロジカ誌に掲載された本論文(「Heterogeneous promoter activity of the telomerase reverse transcriptase gene in individual acute myeloid leukemia cells defined by lentiviral reporter assay」)は責任著者によって6月27日に取り下げられた。編集室へのEメールにおいて責任著者は、「施設内倫理審査委員会(IRB)の記録を調べたところ本研究が当該委員会で承認されていないことが判明した」と述べている。 ○ 原文(実名削除): The article entitled "Heterogeneous promoter activity of the telomerase reverse transcriptase gene in individual acute myeloid leukemia cells defined by lentiviral reporter assay", published ahead-of-print on May 27, 2008 as doi: 10.3324/haematol.12123, and on July 1, 2008 as Haematologica 2008; 93:1103-5,1 has been retracted on June 27, 2008, by the corresponding author. In his email to the editorial office, He stated that an investigation of the Institutional Review Board (IRB) records showed that the above study had not been approved by the IRB. doi: 10.3324/haematol.13594. 引用終わり    本論文中、「IRB (Institutional Review Board: 施設内倫理審査委員会)で承認を得た研究計画に従って、急性骨髄性白血病(AML)の患者より骨髄と末梢血が得られた(Bone marrow and peripheral blood samples were obtained from AML patients under an Institutional Review Board approved protocol.)」との記載があるが、医科研の倫理審査委員会の記録からは、本論文の研究内容に該当する倫理審査が承認されたことは確認できなかった。  また、本論文中、「すべての患者は、ヘルシンキ宣言に則り、情報を与えられた上で同意した(All patients gave informed consent according to the Declaration of Helsinki)」との記載があった。ヘルシンキ宣言では、「対象者がこの情報を理解したことを確認した上で、医師は対象者の自由意思によるインフォームド・コンセントを、望ましくは文書で得なければならない。文書による同意を得ることができない場合には、その同意は正式な文書に記録され、証人によって証明されることを要する(第22条)」と定められているが、本論文に使用された検体の提供者数5名のうち、3名分については同意書が確認できず、また口頭での同意があったかどうか診療録等に記録が残されていなかったため、その確認はできなかった。    A 内部調査結果と判断  @.研究実施時期について  ヒト検体を用いた研究実施時期は、2003(H15)年5月から2004(H16)年7月であることが実験ノート等から確認された。つまり、本論文において、ヒト検体を用いた研究は、「臨床研究に関する倫理指針」の施行日である2003(H15)年7月31日以前の5月に着手され、翌年の7月に終了している。初回論文投稿時期は、2004(H16)年7月、論文発表時期は、2008(H20)年5月であった。初回論文投稿から論文発表時期までの間には、合計3回の投稿がなされているが、新たな症例の追加等はおこなわれていなかった。    A.本論文に記載された研究に関する倫理審査の状況について  責任著者によれば、本人は、この論文の研究内容を包含する内容の倫理審査を申請し承認を受けたものと認識していた。その申請は2003年(H15年)11月13日に「造血幹細胞移植医療における遺伝子解析の実用化の検討ならびに移植片対宿主病(GVHD)に関連する遺伝子および細胞群の研究」として提出されていたが、この申請は、新たに採取する検体を用いた研究計画であり、本論文のように過去に採取された検体を用いる研究は含まれていないため、緊急対策委員会では、同論文の研究を含む申請にはあたらないと結論づけている。  さらに、後述する様に、この申請内容のうち、責任著者が同論文の研究に該当すると想定していた部分は、医科研の倫理審査委員会では未承認であった。即ち、責任著者は、同論文の研究に該当しない申請を「該当している」と誤った認識を持ち、かつ、その申請は倫理審査委員会の承認を得られていなかったことになる。  このような事態に至った経緯を確認したところ、次のようなことが明らかになった。2003年(H15年)夏頃、同研究分野の当時の責任者であった前任教授の意向もあって、この論文のために行われた実験のように、既に終了した実験あるいは今後も継続する実験を含む、一連の研究を幅広くカバーする申請がなされることになった。これは、同年7月31日に施行されていた「臨床研究に関する倫理指針」への準拠も意識してなされた申請であった。  この申請は、「予備審査委員会(旧名)」において、2003年(H15年)11月20日に審議されたが、研究体制の再検討(前任教授の退任を控えていたため)、研究対象者の精査、同意書の書き直しなどが指示されて差し戻された。その後、同年12月18日に修正された申請書が審議されたが、未成年者の同意書作成、代諾者の設定などを修正するように指示された。さらに、本申請の一部には「ヒトゲノム・遺伝子解析研究」を含んでいたことから、最終的な承認には「倫理審査委員会(旧名)」による審査が必要という判断がなされた(注釈1)。指示された内容はさらに修正され、翌2004年(H16年)2月に「予備審査委員会」での審査は終了した。(注釈1:医科研では、内規により、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関しては、親子型の2つの委員会で審査を要することになっている。即ち、「予備審査委員会(旧名)」によって申請書の妥当性が審査された後、「倫理審査委員会(旧名)」において本審査を受けることにより、初めて承認・不承認等の結果通知が出される。)  2004年(H16年)3月9日、本申請に関して「倫理審査委員会」で審査がおこなわれた。しかしながら、この審査において、同申請は「ヒトゲノム・遺伝子解析研究」以外にも、多様な研究計画を含んでおり、幅広すぎるため、研究計画を分割して再申請すること、健康なボランティア向けの説明・同意書を作成することなどを含む、いくつかの修正指示が出されて差し戻しとなった。差し戻しとなった同申請は、未提出のまま今日に至っている。今回、Haematologica誌から取り下げられた論文に関連する研究の部分は、「臨床研究に関する倫理指針」の対象となる研究であったが、本審査における修正指示に従って、研究計画を分割されて再申請されることがなかったため、最終的に承認されていなかった。  再申請がなされなかった理由について、責任著者に確認したところ、当時、責任著者には「予備審査委員会(旧名)」で認められた時点で承認されたものという考えがあり、「倫理審査委員会(旧名)」でも審議されていたことや、研究計画を分割して申請するようにとの指示がなされていたことを認識していなかったとのことであった。また、論文での研究が既に採取された検体を用いたものであるにもかかわらず、新たに採取する検体のみを用いた研究を対象とする本申請が該当するものと、誤って認識していた。  このような認識不足や誤認識が生じた背景には、以下の理由が挙げられる。まず、初回の申請時には、当該研究分野の前任教授が主任研究者として申請していたが、前任教授は退職を控えていたことから、責任著者は2回目以降の修正申請において代わりに主任研究者となっている。責任著者は、前任教授の申請を途中で引きついだことになるが、担当者Aが倫理審査委員会との窓口になっていたこともあり、この申請に対する関心を積極的に寄せていなかった。この申請書は責任著者と共同研究をしていた担当者Aが主体となって執筆したものであるが、責任著者は一度も倫理審査委員会に説明をしに来ていない。  また、「予備審査委員会」での審査を終了する頃になって、窓口となっていた担当者Aが別の業務に従事することとなり、最終的には転籍となった。責任著者によれば、同研究分野では、1,2回目の審査において「予備審査委員会」から指摘された事項への対応についての議論はなされていたものの、3回目の審査となった「倫理審査委員会」からの指摘事項については報告がなく、修正して対応するための議論もなされていなかった。  緊急対策委員会としては、これらの経過から、責任著者の倫理面の手続きに関する認識不足があったことは否定できないと判断した。また、取り下げた論文でなされた実験は、責任著者が医科研の倫理審査で承認を受けているものと誤認識したまま、倫理審査の審査結果通知書を確認することなく、実施されたものと判断した。    B.倫理審査に関する事実と異なる記載について  責任著者は、2007年(H19年)9月24日、Haematologica誌の初回査読過程において、査読者のひとりから、以下のような指摘を受けていた。 ここから引用  ○ 日本語訳:人および診療記録、人の検体を伴う全ての研究には、公的に構成された施設内審査委員会(IRB)において、書面による審査と承認が求められる。Haematologica/The Hematology誌は、著者に対して論文投稿のウェブサイト(「研究におけるヒト被験者と動物の保護」)においてこの情報を提供するように求めると同時に、「研究デザイン」と「方法」 の項においてその旨を明確に記載することを求める。しかし、著者らはこの情報を記載していない。この情報は、2回目のピア・レビューに進むために必須である ○ 原文:Documented review and approval from a formally constituted review board (Institutional Review Board ? IRB - or Ethics committee) is required for all studies involving people, medical records, and human tissues. Haematologica/The Hematology Journal requires that the authors provide this information on the manuscript’s website (Protection of Human Subjects and Animals in Research), and also that they report it explicitly under Design and Methods. Unfortunately the authors did not provide this information. This information is absolutely required in order to proceed with a second peer-review process. 引用終わり    責任著者によれば、Haematologica誌以前までに投稿していた学術雑誌3誌からは、倫理審査委員会に関する事項の記載を要件として示されたことはなかったが、Haematologica誌で初めて倫理的な手続きに関する記載を求められたという。責任著者は、倫理審査委員会で承認されているはずだと思い込んでいたため、審査結果通知書を確認せずに、「倫理審査委員会で承認を受けた」旨の記載を加え、2008年(H20年)1月に編集部へ返送したとのことである。本論文は、同年3月17日に受理された。  緊急対策委員会としては、医科研の倫理審査委員会では本論文に関する研究計画を最終的には承認していないことから、論文に記載された内容は、事実と異なる記載であると判断した。しかしながら、これらは意図的な虚偽記載ではなく、医科研の倫理審査が終了しているとの事実誤認、倫理審査申請の引継ぎが十分になされなかったことに加えて、責任著者の研究倫理に対する認識が極めて低く、研究を開始するために必要な倫理面の手続きを軽視した結果によるものと判断した。    C.検体利用の同意取得の状況および事実と異なる記載について  責任著者が担当する診療科に在籍していた6名の医師(1名は現在も在籍中)に確認したところ、遅くとも1980年(S55年)4月には、患者の検体を研究に用いることに関する口頭同意を取得している状況が明らかになった。ただし、口頭で同意を得たことを診療録等の文書に記録していたかどうかは医師により異なり、必ずしも義務化されていなかったことが確認された。また、責任著者によれば、2002年(H14年)頃から、受診患者に対して、原則的に全員に、臨床検査用に採取された検体の保存と研究利用に関する同意書を運用するようになっていたとのことである。  この論文で使用された5検体のうち、同意書の存在が確認できたのは2検体であった。残りの3検体については、上記の事情により、おそらく口頭での同意は得られていたと推定はできるが、それを確認できる証拠が見当たらない状況であった。  そのため、緊急対策委員会としては、患者に全く無断で研究が行われた可能性は極めて低いものの、同意取得の状況を容易に確認できない状態の検体を用いて、本論文にまとめられた実験が実施されたと判断した。なお、「臨床研究に関する倫理指針」では、 ここから引用  試料等の提供時に、被験者又は代諾者から臨床研究に用いることについてのインフォームド・コンセントを受けていない試料等については、原則として、本指針に定める方法等に従って新たに被験者又は代諾者からインフォームド・コンセントを受けない限り、臨床研究に用いてはならない(ただし、倫理審査委員会が承認した場合を除く。)。<3 その他> 引用終わり と定められている。  同論文に関する実験は、「臨床研究に関する倫理指針」の施行前に開始した研究であり、厳密には同指針の適用を受けないものの、論文投稿時点では「臨床研究に関する倫理指針」は施行されていたのであり、責任著者は、同意書の確認ができなかった段階で、倫理審査委員会にその使用に関して相談を試みるべきであった。  緊急対策委員会としては、研究利用のための検体保存と使用に関する同意取得については、当時、患者から同意が口頭で得られていた状況は推測できるものの、責任著者が引用した「ヘルシンキ宣言」が求めるような(注釈2)、同意を取得したことが客観的に確認できる体制は取られていなかったと判断した。責任著者は、「ヘルシンキ宣言」が求めるインフォームド・コンセントの要件を満たしていなかったにも関わらず、「ヘルシンキ宣言に則り」との一文を加えたと考えられる。そのため、結果的には、倫理審査に加えて、同意取得の点についても、事実と異なる記載があったと判断した。  しかしながら、これらは意図的な虚偽記載とはいえず、責任著者が「ヘルシンキ宣言」の内容をよく理解していなかったにも関わらず、軽率に引用した結果によるものと考える。(注釈2:ヘルシンキ宣言第22条では、「対象者がこの情報を理解したことを確認したうえで、医師は対象者の自由意志によるインフォームド・コンセントを、望ましくは文書で得なければならない。文書による同意を得ることができない場合には、その同意は正式な文書に記録され、証人によって証明されることを要する」と定めている。)  B 本論文の科学的な観点からの精査について  がん細胞や白血病ではテロメレース活性が高いことが知られている。本論文では、テロメレースの発現を白血病細胞で調べる手法を開発している。実験方法としては、テロメレース遺伝子のプロモーター領域の下流にGFPを繋いだレポーターを白血病細胞に導入して、テロメア活性とGFP強度が相関することを白血病細胞株と5名の白血病患者の白血病細胞で確認している。  実験データについては、共著者と第三者の2名で独立して、白血病細胞株および5名の白血病患者由来の白血病細胞の生データを実験ノートで確認した。その結果、科学的には意義の高い研究成果であり、実験から得られたデータは捏造ではないことが確認された。    C 本論文に充当された研究費について  本論文には、「この研究は、日本の文部科学省による科学研究費補助金(責任著者)、A財団による助成金(責任著者)、B財団による助成金(共著者)による支援を受けた(Funding: this study was supported by a Grant-in-aid from the Japanese Ministry of Education, Science, Sports, and Culture, a grant from the A and the B)」との記載がなされている。  ここに記載された科学研究費補助金は、責任著者を研究代表者とする基盤研究(C)「テロメレース遺伝子プロモーター活性を指標とする白血病幹細胞の探索とその性状解析(平成15年度〜16年度;課題番号15590994)」が該当する。また、本論文は、この研究課題の成果報告書(2005年(H17年)3月作成)において、主要な成果として掲載した「雑誌投稿中のテキスト」を基に作成されたもので、この「雑誌投稿中のテキスト」のおよそ20%程度の研究成果が含まれている。本補助金の執行に関して、医科学研究所事務部経理課で、証憑関係書類の精査及び突合を行った結果、適正に取り扱われていることを確認した。  また、責任著者に確認したところ、科研費および民間財団助成金ともに、本論文に要した支出金額を特定するのは困難であるとのことであった。 (3)事実と異なる記載の疑義が報じられたその他の論文について  当該研究分野から発表された論文のうち、前述のHematologica論文(資料1:論文5)の他に、事実と異なる記載の疑義が生じた論文が5報あった。緊急対策委員会では、これらの5報を精査したところ、特に問題となる点は認められないと判断した。詳細は資料1に示した。 * 臨床研究に関する倫理指針施行前に研究が終了していた3報(資料1:論文6?1、6?2、8?1) * 症例報告であった1報(資料1:論文8?2) * 倫理審査委員会承認済みの1報(資料1:論文9) (4)大学院生の学位審査中論文に関する問題について  本調査の過程において、当該研究分野では、現在進行中の研究において倫理審査の申請がなされていない状態で開始されている研究があったこと、その結果の一部は、まだ公表されていないものの、大学院生の学位請求論文として審査過程にあることが明らかとなった。前述のHematologica論文の責任著者でもある同大学院生の指導教員により、「本研究で使用した患者検体(骨髄または末梢血)は、医科学研究所の倫理審査委員会より承認を得たプロトコールにしたがって、その使用目的を説明したうえで書面にて同意を取得可能であった症例から採取した。」と記載されていたが、この点は事実と異なることが確認された。  なお、この論文については、現在も学位審査が継続しており、内容も修正の可能性がある。学位申請中の大学院生に不利益を及ぼさないようにするため、詳細な内容をここに記載することは差し控える。 4.今回の問題の背景について  医科研及び医科研附属病院は、先端的な医療の開発を目的とした研究体制の整備とともに、安心と安全を確保する体制整備に努力しており、その姿勢は外部評価等でも高く評価されている。それ故に、医科研の研究者は、治療を受け、研究にご協力いただく方々のご意思を尊び、倫理指針を遵守して研究に邁進することが、よりいっそう求められている。  しかしながら、今回の調査結果をみると、医科研の倫理審査体制に関する定期的な教育研修が不十分であったこと、また、研究者の指針等への遵守の状況を監督する体制が構築できていなかったことを率直に認めざるを得ない。たとえば、全体からすれば少数ではあるものの、「臨床研究に関する倫理指針」施行前に開始し、施行後に終了した臨床研究において、倫理審査委員会への申請がなかったものが存在したことが確認された。  また、結果として、1研究分野では、検体の取扱い体制の不備のほか、医科研の倫理審査体制に対する理解が不足していたこと、検体の研究利用に同意して下さった患者の尊い意思を確認できる体制を取れていなかったことが確認されたほか、論文発表に際して、同意の取得と倫理審査委員会への承認に関して事実と異なる記載を含めることとなってしまった。これは意図的な虚偽と捉えられかねない行為であるが、緊急対策委員会としては、同意の確認においても倫理審査においても、研究者が倫理的な手続きを軽視し、強い思い込みのまま厳密な確認を怠ったために、事実と異なる記載がなされたと判断した。  以上のようなことが二度と起きないようにするために、現在の医科研の体制に問題がなかったかどうか、検証を行った。   (1)先端医療研究センターと医科研附属病院の関係  先端医療研究センターは、分子療法、細胞療法、臓器細胞工学、感染症、免疫病態、ゲノム医療情報ネットワーク、臨床ゲノム腫瘍学分野の7つの研究分野のほか、細胞プロセッシング(CERES)、探索医療ヒューマンネットワークシステム(アインファーマシーズ)の2つの寄付研究部門によって構成されている。  これらの研究分野は、医科研附属病院の検査部に対しても検査手法に関して指導・協力を行ってきた経緯がある。たとえば、検査部で遺伝子解析ができるようになる以前は、各研究分野内で実施していたこともあって、現在でも特に高度な検査については、各研究分野教授に直接依頼され、研究室内で検査がおこなわれることがある。これらの営みは、高度な医療技術をもつ研究所附属病院ならではの取り組みであり、追加検査のために検査部から主治医に貸し出した検体や、高度な検査を実施するために研究室内に持ち帰られる検体もある等、検体が院内から研究室に移動する場合がある。  しかしながら、このような密接な関係によって、最先端の研究成果を診療に還元する責務を果たせる一方、先端的な医療と研究の境界が定められにくくなり、従事者の間でも厳密な区別をすることが難しくなってしまう可能性がある。医科研は、こうした可能性に配慮して、これらの検体が誤って研究に利用されることを防ぐ方策を含め、検体の取扱いに関する規則を策定するべきであったが、研究分野の自主的な取り組みに任せたままにしてきたことが、今回の問題の背景にあると考えられる。   (2)医科研における倫理審査体制(図4「医科研の倫理審査体制」省略)  医科研では、1975年(S50年)に改訂された世界医師会のヘルシンキ宣言の趣旨に沿い、1979年(S54年)12月に「医科学研究所の倫理委員会設置世話人会」が発足し、その後、1981年(S56年)11月に「倫理審査委員会(旧名)」が設置された。当初は、CIOMS(Council for International Organization of Medical Sciences, 国際医科学団体協議会)が1982年(S57年)に発表した「人を対象とする生物医学研究のための国際指針案」に準拠した運営が検討され、治験薬の取扱い規程の策定や脳死判定基準の検討等、実験的医療や医科学研究の実施可否について審査をしてきた。なお、2008年(H20年)7月、「倫理審査委員会(旧名)」は「ヒトゲノム審査委員会」と改称されている。           1989年(H元年)頃より、治験と自主臨床試験に関する審査は、「治験審査委員会」で審査されるようになった。  2000年(H12年)3月29日に文部科学省・厚生労働省・経済産業省による「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」が告示されたことに伴い、同指針に基づいて提出された申請書の事前審査をするため、同年9月に、「予備審査委員会(旧名)」が設立された。これ以降、ヒトゲノム・遺伝子解析研究については、「予備審査委員会(旧名)」で事前に審査した後、「倫理審査委員会(旧名)」で本審査をするという親子型審査の構造をとっている。これ以外の研究については、「予備審査委員会(旧名)」で審査をおこなってきた。なお、2008年(H20年)7月、「予備審査委員会(旧名)」は「倫理審査委員会」と改称されている。  ES細胞を用いる研究については、別途、「東京大学ヒト生殖クローン専門委員会」での審査を要することになっている。また、ヒト幹細胞の臨床応用に関する研究については、別途審査委員会を設置する予定である。  なお、医科研の倫理審査委員会の内規によれば、その任務は、以下の通りである。 ここから引用  (任務) 第2条 委員会は、研究所に所属する者から申請があった場合、所長又は病院長の諮問に基づき、次の各号に掲げる研究計画の実施の適否及び実施状況等について、専門的、倫理的及び一般的立場から検討し、所長又は病院長に対し助言又は勧告する。 1. 「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」に基づく研究計画について、ヒトゲノム倫理審査委員会で円滑かつ効果的に審査を行うための予備審査。 2. 「疫学研究に関する倫理指針」に基づく研究計画(以下、「疫学研究」という。)。 3. 「臨床研究に関する倫理指針」に基づく研究計画(以下「臨床研究」という。)。 4. その他ヒトを対象とする医科学研究。 引用終わり  詳細な議事要旨が確認できる1989年(H元年)11月から2007年(H19年)3月までの間に、「予備審査委員会(旧名)」と「倫理審査委員会(旧名)」は計60回開催され、205件の研究計画を審査してきた。これらのうち、24件は初回の申請で承認されている。また、内容が不十分として差し戻しになったものが181件あり、うち171件は、委員会の指導による修正を経て再審査され、その後、承認されている。差し戻された申請を含め最終的に承認された研究計画は195件であった。しかしながら、修正指示が出されていたものの、その後再提出のなかった計画が10件あり、今回問題となった申請は、そのうちの1つに含まれている。このほかに、同様に再提出のなかった申請が、現在どのようになっているのかを確認したところ、申請者の転出に伴う未提出が4件、申請の取り下げが3件、修正版の提出準備中が2件となっていた。  今回の問題から示唆される、医科研の倫理審査体制における問題点は、大きく3つあると指摘できる。  まず、医科研の倫理審査を担当する研究助成係では、一年に一度、承認された研究計画の進捗状況については、申請者より報告書を提出するように求めてきた。しかしながら、再提出のなかった申請がその後どのようになっているのかをフォローアップする体制は取られて来なかった。今回の問題は、その体制が取られていれば、申請者の誤認識をもっと早く正すことができた可能性を示唆するものである。そのため、今後は、承認された研究計画と同様に、再提出がないまま終わっている申請についてもフォローの対象に含めることとしたい。  次に、今回の問題では、審査が開始されて4ヶ月も経ってから修正指示が出されており、「予備審査委員会(旧名)」での指導を終えていたにもかかわらず、「倫理審査委員会(旧名)」で出された修正指示は、「一度の申請にしては含まれる研究課題の量が多いため、別の研究課題として申請すること」という指示であった。しかしながら、このような指摘は、申請の当初に指示されてしかるべき内容である。不完全な申請書のまま、委員会で審査がなされていると、審査がむやみに長期化する恐れもあり、申請者と委員双方のインセンティブを低下させ、審査の質に影響を及ぼしかねない。そのため、申請書のあり方についての指摘は、委員会の場ではなく、申請書を受理する段階で厳密に検討し、申請者と事前にやりとりする仕組みをつくる必要が示唆される。  最後に、ヒトゲノム・遺伝子解析研究を含む研究計画については、「倫理審査委員会」と「ヒトゲノム審査委員会」の二重審査となっている。しかしながら、「予備審査」を導入した当初と比べて現在では倫理指針に基づく審査が円滑になされるようになってきており、今後も二重審査を行う必要があるのかどうかについても、再検討を図るべきである。 (3)人を対象とした研究に関する教育体制  これまで、医科研では、人を対象とした研究の実施に関する定期的な教育研修は実施してきておらず、医学研究にかかわる倫理指針が告示または改正された場合には、各研究分野長に配布して周知を依頼するに留まっていた。こうした消極的な体制によって、倫理面の手続きに対する認識は研究分野ごとに異なるという状況を生んだと考えられる。  しかしながら、冒頭にも述べたように、今後の定期開催を念頭においた研修の第一回目が、2008年(H20年)4月18日に開催されたところであった。同研修においては、倫理指針をめぐる全体像の解説のほか、倫理審査委員会申請時における留意事項について解説し、活発な質疑応答がおこなわれた。  今回の問題を経て、研修の必要性がさらに認識されたところであり、今後も継続して研修を開催する予定である。詳しくは、次章で述べる。 5.再発防止策と今後の取り組み  内部調査委員会による調査活動に対しては、医科研に所属する全ての研究者から、非常に積極的な協力が得られ、迅速に調査を進めることができた。今回の問題が起こった背景を明らかにする一方で、真摯な反省を強固な再発防止体制に反映させる仕組みを構築することが必須である。  医科研の倫理審査委員会は、日本の大学・研究所としては最も早く設立された一群に含まれる。他の研究機関に先駆けて、社会と調和しながら先端的な研究の推進を目指していたことは事実である。  しかしながら、医学系研究に関する様々な倫理指針が告示されるようになった2000年(H 12年)以降、研究者に注意を喚起し、倫理審査の申請を促すための自主的な取り組みや、適正な検体管理を含む環境整備の取り組みが十分であったとは言いがたい。  そのため、2008年(H20年)7月25日に第1回「人を対象とした研究の倫理再構築委員会」が開催され、以下の再発予防策を決定するとともに、その迅速な執行を検討した。 (1)短期的対応 @ 「研究倫理支援室」の設置   全国の研究機関の模範となる研究倫理の支援体制を構築するべく、医科研の研究倫理を統括する「研究倫理支援室」を設置した。同室では、検体管理体制の監督、研究倫理に関連する研修の企画・実施、倫理審査に関する研究者からの事前相談の受付、倫理審査に申請された計画のモニタリング等を統括する。同室は、室長と室員から組織され、室長は所長が指名する。室員は下記の構成とした。なお、「研究倫理支援室」に専任の学術支援専門職員または同等以上の人材を置く。既に、候補者について召募中である。 構成員  委員長 清野 宏(副所長、炎症免疫学分野教授)  三宅健介(倫理審査委員会委員長、感染遺伝学分野教授)  長村文孝(治験審査委員会委員、医療安全管理部部長)  武藤香織(倫理審査委員会・治験審査委員会委員、公共政策研究分野准教授)  赤林 朗(所外招聘室員・アドバイザー、医学系研究科医療倫理学分野教授)  学術支援専門職員(採用予定)  技術室職員  研究助成係職員 A 「研究倫理指導員」の任命 * ヒト検体を取り扱う研究を実施する研究室に「研究倫理指導員」(助教以上)を任命した。同手順書に基づき、「研究倫理支援室」との定期的な連絡体制を構築する。第一回目の会合を2008年9月17日に開催予定である。 * また、既に、ヒト検体を取り扱う研究を実施する研究室に置かれている「個人情報保護責任者」と「検体管理責任者」との連絡会を開催予定である。 B 研究倫理に関する臨時研修の開催 * 本年9月以降、倫理審査委員会に申請予定の研究計画において、主たる研究者または分担研究者として、倫理審査申請書に名前を連ねる予定がある者、現在ヒトを対象とした研究を実施している者(匿名化済みヒト検体を用いた研究を実施している者も含む)、検体管理責任者、個人情報保護管理者、その他関心のある者を対象として、研究倫理に関する臨時研修を開催した。8月22日(金)、8月29日(金)、9月2日(火)、9月8日(月)の4回に渡って医科研内で開催し、そのどれかに出席するように求めたところ、合計で327名が受講した。本研修の未受講者は、9月からの倫理審査の申請ができないこととしており、当日、病院業務等がある研究者については、別途受講機会を設けた。この研修の有効期限は、1年半とした。 * 医学系研究科・医学部附属病院では、今年度中にあと2回の定期的研修の機会が予定されていることから、それぞれの基調講演には医科研の研究者も聴講できるようにする。医科研においても、並行して定期的研修を開催する。以上の研修を受講した場合、有効期限は、2年間とする。 C 医科研の倫理審査委員会のホームページ拡充 * 医科研の倫理審査委員会の運営状況、承認された研究課題名等について、「研究倫理支援室」ホームページで公表し、進行中の研究に対する問い合わせ等を、「研究倫理支援室」で受け付けられる体制を整えつつある。 (2)中・長期的対応 @ 「研究倫理支援室」での倫理審査に関する事前相談 * 倫理審査委員会に申請予定の研究者から、申請書の書き方、申請の要否について「研究倫理支援室」において事前相談を受け付けることとし、相談内容や疑問点を研修に反映する仕組みをつくることとした。 A 「研究倫理支援室」でのモニタリング(研究の進捗確認、論文) * 従来どおり、倫理審査委員会で承認された研究計画の経過報告を申請者より受けるとともに、今年度より、倫理審査委員会で最終的に承認を受けなかった申請についても、申請者に問い合わせて確認することとした。 * ヒト検体を用いた研究者の論文を対象に、医科研における倫理審査委員会の承認番号の記載を義務化する。具体的には、今年度末には、現在進行中の研究と倫理審査委員会の承認の有無、論文発表への記載を各研究者または各研究グループより申告してもらい、「研究倫理支援室」で該当する申請と確認することとした。 B ヒト検体取扱いに関する手順書の作成 * 既に、医科研附属病院と各研究分野間において、適正な検体の取扱いが標準化することを目的として、検体の取扱いに関する手順書が策定されていたが、これを機会に「研究倫理支援室」を中心に見直しを実施し、「個人情報保護責任者」、「検体管理責任者」、「研究倫理指導員」、医学部附属病院、外部有識者とも連携しながら、早急に議論を開始する。 C 新たなルールの制定や審査体制変更についての議論 * 医科研では、実験従事者自身や研究室内の健常者の試料を用いた基礎的な研究の実施がみられる。そこで、大学院生や若手研究者の立場を最大限配慮し、試料提供にかかる圧力を回避したうえで、適正に実施されるようにするための方策について、将来のサンプルバンク設立も視野に入れ、「研究倫理支援室」を中心に議論を開始する。 * 医科研では、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究」のみを二重審査にしてきたが、今日の研究実施体制や研究者の認識からして、二重審査が本当に必要であるのかどうか、それ以外に慎重な審査を要する研究はないのかどうか、倫理審査体制の見直しについて「研究倫理支援室」を中心に議論を開始する。 D 研究倫理に関する定期講習の開催 * 9月以降もヒト検体を使った臨床研究に関する研究倫理セミナー・研修会を定期的に開催する。年3回程度の講習機会を設け、ヒト検体を取り扱う研究者に対しては、そのうち必ず1回の受講は義務化するとともに、未受講者は倫理審査委員会に申請できないこととする。これに向けて既に、定期的開催を実施している医学系研究科(医学部)と連携し、同セミナー・研修を共同開催する計画の立案を開始する。 * 医学部、新領域創成科学研究科、医科研等の関連部局が協力して研修を共同運営し、部局独自の部分を除き、研究倫理プログラムの全学的な統一・共有のシステム構築を進める。 報告書本文以上 資料1「先端医療研究センターの1研究分野の発表論文のうち、事実と異なる記載の疑義が報じられた6報について」 論文番号:論文5 7/11医科研ポジションペーパー上の番号と説明:PP 5「論文の上では、「患者様より研究利用の同意書を取得し、倫理審査委員会の承認を得た計画書に沿って実施した」と記載されているにもかかわらず、同意書が確認できていない検体が一部使用され、また医科学研究所内での倫理審査申請がなされていなかった論文が1本ございました。この論文につきましては、すでに著者から雑誌の編集部に報告され、すでに取り下げ済みとなっております」 タイトル:Heterogeneous promoter activity of the telomerase reverse transcriptase gene in individual acute myeloid leukemia cells defined by lentiviral reporter assay. 雑誌名(巻号):Haematologica. 2008 May 27. [Epub ahead of print] 緊急対策委員会の判断:分野長の責任のもとで書かれた学術論文。倫理審査委員会での承認と、ヘルシンキ宣言に則った研究利用の同意取得があったことが記載されている。しかし、該当する倫理審査申請は承認されていなかった。当時、口頭同意が得られていた可能性は高いが、それを証明する記録はなかった。倫理審査に関する引継ぎの不備によって倫理審査が終了していたとの思い込みや同意の確認を取れる体制の未構築等に起因して、意図的な虚偽ではないものの、事実と異なる記載がなされたと判断した。研究活動は、2003年(H15年)5月から開始されており、「臨床研究に関する倫理指針」の施行以前であることから、同指針の対象にはあたらないと判断した。 論文発表年:2008年 論文番号:論文6-1 7/11医科研ポジションペーパー上の番号と説明:PP 6「論文の上では、「医科学研究所倫理審査委員会の承認を得た」と記載されているにもかかわらず、医科学研究所内での倫理審査委員会に未申請であったうえ、検体を利用させていただく研究に対する患者様の同意書の存在が確認できていない論文が2本ございます」 緊急対策委員会の判断:分野長以外の責任のもとで書かれた学術論文。4名の患者の骨髄、末梢血より得られた白血病細胞と、臍帯血バンクより得られた臍帯血を用いている。白血病細胞を効率的に除去するために、リポソームを用いた新たな治療法開発のために患者の検体を使用した研究である。2002年以前に検体採取が終了しており、当時の口頭同意の記録と丁寧な依頼の手紙の存在を確認した。医科研での倫理審査は経ていない。論文上、「IRBでの承認を受けた」との記載があるが、該当する申請は倫理審査委員会の記録からは確認されなかった。責任著者に確認したところ、実際には遺伝子組換実験の審査委員会で承認を得ていたことを、「IRBでの承認を得ている」と表現したとのことであり、他意のない誤記載であると判断した。実際に、遺伝子組換実験の審査委員会において、申請書・審査結果通知書も確認されている。研究そのものは2003年以前に終了していることから、「臨床研究に関する倫理指針」の対象にはあたらないと判断した。 論文発表年:2004年 論文番号:論文6-2 7/11医科研ポジションペーパー上の番号と説明:PP 6「論文の上では、「医科学研究所倫理審査委員会の承認を得た」と記載されているにもかかわらず、医科学研究所内での倫理審査委員会に未申請であったうえ、検体を利用させていただく研究に対する患者様の同意書の存在が確認できていない論文が2本ございます」 緊急対策委員会の判断:分野長以外の責任のもとで書かれた学術論文。4名の患者の骨髄、末梢血より得られた白血病細胞と、臍帯血バンクより得られた臍帯血を用いている。白血病細胞を効率的かつ特異的に除去するために、リボザイムを用いた新たな治療法開発のための研究である。2002年以前に検体採取が終了しており、当時の口頭同意の記録と丁寧な依頼の手紙の存在を確認した。医科研での倫理審査は経ていない。論文上、「IRBでの承認を受けた」との記載があるが、該当する申請は倫理審査委員会の記録からは確認されなかった。責任著者に確認したところ、実際には遺伝子組換実験の審査委員会で承認を得ていたことを、「IRBでの承認を得ている」と表現したとのことであり、他意のない誤記載であると判断した。実際に、遺伝子組換実験の審査委員会において、申請書・審査結果通知書も確認されている。研究そのものは2003年以前に終了していることから、「臨床研究に関する倫理指針」の対象にはあたらないと判断した。 論文発表年:2004年 論文番号:論文8-1 7/11医科研ポジションペーパー上の番号と説明:PP 8「同様に事実と異なる記載の疑いのある論文が2本確認されておりますが、現在、確認作業中です」 緊急対策委員会の判断:分野長の責任のもとで書かれた学術論文。患者のデータと、著者ら実験者10名分の健常者の検体を用いており、移植後のキメリズム検査、サイトメガロウイルスに反応するTリンパ球の回復について検討している。論文中、「患者および健常人からは、インフォームド・コンセントを文書で得た後採血した」と述べられているが、すべての同意書は確認できた。また、検体の採取は、2002年以前に終了しており、研究活動は「臨床研究に関する倫理指針」の施行以前に終了している。 論文発表年:2006年 論文番号:論文8-2 7/11医科研ポジションペーパー上の番号と説明:PP 8「同様に事実と異なる記載の疑いのある論文が2本確認されておりますが、現在、確認作業中です」 緊急対策委員会の判断:分野長以外の責任のもとで書かれた学術論文。本論文は、通常診療に伴う検査について、14症例の検査結果を取り上げてまとめたデータを報告したものである。論文中、「医科研における施設内審査委員会にて承認された臨床治療計画」との記載があった。責任著者に確認したところ、1996年(H 9年)頃、医科研で臍帯血治療を開始した頃に、倫理審査委員会で治療計画を慎重に審議したうえで、認定した経緯があったことを想起して、このように記載したとのことであった。しかしながら、現在では、臍帯血移植はすでに保険診療として一般医療とされていることから、このような記載はそもそも不要であった。通常診療に用いる以上の新たな解析等は行われていなかったことから、臨床研究ではなく、症例報告と判断した。 論文発表年:2008年 論文番号:論文9 7/11医科研ポジションペーパー上の番号と説明:PP 9「虚偽の記載はなく、倫理申請はなされているが、同意書の一部が確認できていない論文が1本ございます」 緊急対策委員会の判断:分野長の責任のもとで書かれた学術論文。本論文では、試料提供機関より提供された患者28名と健常者14名分の検体が使用されているが、全員の研究利用に関する同意書の存在が確認された。なお、倫理審査申請は、2005年(H 17年)に申請され、承認されている。手続きには問題が認められなかったものの、同意書の存在を確認する作業に相当の日数を要しており、記者会見以降に最終的な確認が取れたことから、同意書の管理状況が不適切であったと考えられる。緊急対策委員会では、同意取得の状況が一元的に管理されるように、改善を指示した。 論文発表年:2007年 資料1以上 資料2 研究所附属病院検査部発「検体貸し出しに関する方針」(5月30日) 病院職員各位 5月28日付の「患者検体の取扱い」に関する病院長通達の遵守目的にて検査部より検体貸し出しに関する方針をお伝えします。 検査部保管検体の提供・貸し出しを希望される場合: @ その使途が診断・治療目的である場合: 所定の検体貸し出し記録簿(各部署に準備済み:使用目的、検査部担当者名、受け渡し者名、検体内容、日時が記録出来るようになっています)に所定事項を記載の上検体の提供を受けてください。 A 研究目的を含む上記以外の場合: 研究目的にて検査部保管臨床検体の提供を希望される場合は倫理委員会承認後の当該研究計画書をあらかじめ検査部長に提出しその許可を受けてください。教育用に使用する等研究目的以外の貸し出しを希望される場合でも@に該当する以外の場合はすべてあらかじめ検査部長に目的を説明し許可を得てください。検査部長が許可した場合はその旨を検査部担当者に伝えますので@と同様検体貸し出し記録簿に必要事項を記入の上検体の提供を受けてください。 B 病理検体の貸し出しにつき: (現行の取り決めと変更ありませんが)診療情報提供、セコンドオピニオン取得等の目的で病理染色標本(切片)の貸し出しを希望される場合は病理医の許可を得た上で所定の病理標本貸し出し記録簿に記入の上借り出してください(貸し出し期間原則1週間)。また転院後等の状況で他施設から診断目的で医科研病理保管標本の未染色標本の提供を希望される場合はそれに対応いたします。組織ブロックの貸し出しは原則としていたしません。 検査部長 小柳津 直樹 資料2以上 資料3 医科学研究所での対応の経過 2008年(平成20年) 4月30日 医科学研究所で実施された臨床研究に関して、臨床検体が不適切に取り扱われ、倫理的に不適切な対応がなされていた疑義が判明。 5月 1日 同研究所に「ヒト検体取扱いに関する緊急対策委員会」が設置され、同委員会内の「内部調査委員会」を主体として、疑義のあった研究分野の状況について、聞き取り調査を開始。 5月28日 全研究分野に対して、検体管理状況に関する調査を開始。 6月13日 検体管理状況に関する調査結果がまとまる。 6月15日 当該研究分野で発表された全論文についての調査を開始。 7月11日 記者会見開催。第1回第三者判定委員会開催。 7月14日 全研究分野に対して、2003年(H15年)以降に発表した学術論文に関する調査を開始。検体管理責任者、個人情報管理責任者の連絡会議開催。 7月23日 学術論文に関する調査結果がおおむねまとまる。 7月24日 第2回第三者判定委員会開催。 7月25日 緊急対策委員会内に、「人を対象とした研究の倫理再構築委員会」を発足し、所内の研究倫理を総括する「研究倫理支援室」設置と、研究倫理に関する臨時研修の実施を決定。 7月26日 学術論文に関する調査結果の再精査開始。 7月29日 第2回人を対象とした研究の倫理再構築委員会開催。研究倫理支援室の詳細と研究倫理に関する臨時研修の日時と内容を検討。 7月31日 第3回人を対象とした研究の倫理再構築委員会開催。研究倫理支援室規則について検討。 8月 6日 第1回研究倫理支援室会議開催。研究倫理に関する臨時研修の具体的な内容と同室の運営方針について審議。 8月22日 研究倫理に関する臨時研修開催(135名受講) 8月29日 研究倫理に関する臨時研修開催(48名受講) 9月 2日 研究倫理に関する臨時研修開催(74名受講) 9月 4日 第3回第三者判定委員会開催。 9月 5日 第2回研究倫理支援室会議開催。第三者判定委員会からの指摘事項の精査と対応策の検討。 9月 8日 研究倫理に関する臨時研修開催(70名受講) 9月 9日 緊急対策委員会にて内部調査報告書を承認、第三者判定委員会へ提出。 9月12日 第三者判定委員会より判定結果を受領。 9月17日 各研究分野の研究倫理指導員研修会開催予定。 資料3以上