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2. がんにおけるコピー数多型異常の研究
1) CADM1から見る細胞接着研究の面白さ

1個のがん細胞に多数のゲノム、遺伝子異常が蓄積するのは、細胞分裂の際にゲノムをミスなく娘細胞に伝えていくシステムが、がん細胞では破綻しているからです。これはゲノム不安定性と呼ばれ、がん細胞の本質的な変化の一つです。これまでに、がん細胞の染色体不安定性、マイクロサテライト不安定性、塩基配列不安定性、メチル化表現型、スプライシングの不安定性などが報告されています。マイクロサテライト不安定性は、DNAミスマッチ修復酵素の機能欠損によっておこり、家系内に大腸がんや子宮内膜がんを多発するリンチ症候群などの家族性腫瘍の原因となっています。また、塩基配列不安定性の一部は、DNA切り出し修復酵素の機能欠損によっておこり、色素性乾皮症という稀な高発がん性の劣性遺伝病の原因となる場合もあります。これらのゲノム不安定性は、それだけで一つの細胞の表現型を直ちに悪性に変化させることはありません。しかし、1回の細胞分裂あたりの変異速度が高いため、がん細胞集団として形質の変化が激しく、がん遺伝子やがん抑制遺伝子に変異が生じる頻度も高くなるため、結果的に悪性がん細胞が出現しやすくなり、治療抵抗性など、がんの個性も容易に獲得できるようになると予想されます。

    最近注目を集めている不安定性の一つに、コピー数多型 (Copy Number Variation: CNV)があります。ヒトのゲノムは、正常細胞では比較的安定(10-6/遺伝子/細胞分裂)して子孫細胞に受け継がれます。しかし、ゲノムの中には構造的に変化を受けやすい配列が何種類か知られており、個体発生の過程で生じた変化は、多型として個体差の基盤となり、がん細胞ではゲノム、遺伝子変異が蓄積する原動力になります。この中の1つが CNV という種類の配列で、数キロ塩基対から数メガ塩基対に至る大小さまざまなゲノムDNA断片が細胞分裂の複製の際に、コピー数の不安定性を示し、丸ごと増加したり、減少したりします。この断片上に一つ、或いは複数の遺伝子が含まれていて、その遺伝子のコピー数が生殖細胞で変化すると個人間の多型となり、がん細胞で変化すると体細胞変異となって、結果としてコピー数の増減による機能の変化、異常を示すことになります。1塩基多型と比較すると、遺伝子全体のコピー数の変化を伴うことから、その影響は大きいことが予想されます。実際、これまでに遺伝子多型(CNV)として疾患感受性に関連することが、幾つかの疾患で示されています。これに対して、がんにおける体細胞変異としての CNV(この場合は多型を意味するvariationという言葉を使わずに、体細胞変異であることを明示するためにcopy number alteration (CNA) という言葉を使います)については、解析が始まったばかりです。がんにおける染色体・ゲノム断片のコピー数の異常は、1990年代からComparative Genomic Hybridization (CGH)法などにより大いに調べられ、また、ポストゲノムになってからはアレイ CGH 法によって調べつくされた感があります。しかし、実はこれらの解析には落とし穴がありました。CNVを示す領域は当初のゲノム構造解析では、コピー数が個人間で異なるために解析困難な領域として、意識的に解析対象から外されていたのです。しかし、実際には CNVを含む領域は、ゲノム全体の5%を占めると言われており、この中に、影響力の大きい多型・ゲノム異常が隠されていたことは驚きです。現在、我々はCNV異常の実態をゲノム網羅的に、乳がんや胆道がん、泌尿器がん、頭頸部がんなどについて明らかにしようとして、膨大なデータと向き合いながら奮闘しています。宝を見つけられるかどうかは、解析する側のアプローチ次第、というのが、現在の印象です。


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