主な研究成果(2006年以降)
主な研究成果(2006年以降)
1:
重症筋無力症(Myasthenia Gravis)は異常な自己抗体によって発症する疾患であり、骨格筋収縮に必須のシナプスである神経筋接合部(NMJ)の構造・機能不全による筋力低下と易疲労性を伴う難病である。その多くは、NMJの筋管側に局在するアセチルコリン受容体(AChR)に対する抗体をもつが、同じくNMJの筋管側に局在するMuSKに対する抗体をもつ症例も報告されている。これらの自己抗体は、補体を介したNMJの破壊や標的分子の機能阻害によって筋無力症を惹起すると理解されている。今回、我々は重症筋無力症の新たな病原性自己抗体として抗 Lrp4 抗体を発見し、AChRやMuSK抗体を持たない症例に対する診断・治療法への道を拓いた(参考文献:英文原著1)。上記のモデル図に記載の通り、抗Lrp4抗体の多くは補体の活性化による組織破壊能をもつIgG1であると共に、NMJの形成・維持に必須のLrp4とその活性化因子(Agrin)との結合を阻害する活性をもつ自己抗体である。
2:
Dok-1/2/3 欠損マウスに認められる腫瘍の特徴

タンパク質チロシンキナーゼは癌細胞の増殖制御に深く関与する機能分子である。我々はその制御機構を知る目的で、多様なチロシンキナーゼに共通の基質として単離したDok-1とその類縁分子の機能と作用機序の解析を進めている。これまでの研究から、造血系細胞に高発現するDok-1、Dok-2、Dok-3が細胞の癌化に抑制的に機能することが明らかになっている。今回、Dok-1/2/3三重欠損マウスについて詳細な検討を加えたところ、組織球肉腫(HS:Histiocytic Sarcoma)の高頻度の発症が明らかとなった。ヒトにおけるHSは悪性度の高い造血器腫瘍であり、その発症機構の解明にはモデル動物を用いた詳しい解析が希求されている。この点において、Dok-1/2/3三重欠損マウスに発症するHSは致死性を伴う多臓器への高い浸潤能と可移植性を示し、また、他の腫瘍や顕著な疾病を伴わないことからその様なモデルマウスとしての利用が期待される。上記の図においては、骨髄から筋組織への骨破壊(矢印)を伴うHSの浸潤像が認められる(参考文献:英文原著2)。

これまでの研究によって、我々は神経筋接合部の形成に必須のタンパク質としてDok-7を同定し、ヒトDOK7遺伝子の異常によって神経筋接合部の形成不全を伴う筋無力症(DOK7型筋無力症)が発症することを明らかにしている(英文原著4−6/和文3−6)。しかしながら、Dok-7がどの様な動作原理の下で神経筋接合部の形成に機能しているかについては不明な部分が多く、治療法開発の基盤となる情報が求められていた。今回、我々はDok-7が神経筋接合部の形成を司るMuSKと言う受容体型チロシンキナーゼに直接、細胞内から働きかける筋内在の活性化因子であり、Dok-7を失った筋管ではMuSKが活性化されないことを解明した。さらに、このDok-7シグナルを人為的に増強することでマウスにおける神経筋接合部の形成が促進されることも明らかにした。これらの知見は、DOK7型筋無力症やMuSKの機能低下を伴う筋無力症の治療法開発にむけた手がかりとなるべき重要な情報であり、また、受容体型チロシンキナーゼが細胞外からの刺激を細胞内シグナルに変換すると言う原則に従わない、全く新しいシグナル制御機構の発見として、高度の学術的な意義をもつ(参考文献:英文原著3<当該号の表紙は本論文に関する顕微鏡写真です>/和文1、2)。事実、最近、受容体型チロシンキナーゼの2例目の細胞内活性化因子としてcytohesinが同定され、その機能阻害が標的PTKであるErbBに依存的な癌細胞の増殖を個体レベルで抑制することが報告されている(Cell, 143: 201-211, 2010)。
4:

DOK7型筋無力症(DOK7 myasthenia:参考文献:英文原著5/和文1−3)に認められたDok-7蛋白質の構造異常を検討した結果、PHドメインやPTBドメインをもつN末端側ではなく、ドメイン構造の認められないC末端領域に殆どの変異が集中していることが判明した(下図参照)。本研究においては、C末端領域に核外移行シグナル(NES: nuclear export signal)とSH2結合配列(Y)を見出し、Dok-7機能における重要性を明らかにした。PH、PTBドメインは細胞膜、MuSKとの相互作用に各々重要と考えられ、NESはPHドメインに我々が見出した核内移行活性に対抗してDok-7を細胞質に引き戻すために必要と考えられる。また、SH2結合配列はSH2ドメインをもつMuSK活性化の補助因子との会合に必要なのかもしれない(参考文献:英文原著4/和文3)。
5:

David Beeson教授らの症例についてdok-7遺伝子変異を探索したところ、その両アレル性の異常が神経筋接合部(NMJ)の形成不全を伴う先天性筋無力症候群の発症と一致することが判明した(右パネル)。また、最も多くの症例に認められるC末端欠失変異(1124_1127dupTGCC)がDok-7による後シナプス構造の誘導機能を著しく減弱させることも明らかとなった。これらの知見から、dok-7がNMJ形成不全型CMS(DOK7型筋無力症)の原因遺伝子であると結論された(参考文献:英文原著5/和文4−6)。
6:

我々がDokファミリー分子の新たなメンバーとして単離したDok-7は、骨格筋収縮の運動神経支配に必須のシナプスである神経筋接合部(NMJ: Neuromuscular Junction)の後シナプス部位に局在し、受容体型チロシンキナーゼであるMuSKの活性化に必須の役割を担っている。MuSKの機能が神経筋接合部の後シナプス部位の形成に不可欠であることを考えると、この研究成果は、運動神経由来のAgrinと筋内在のDok-7によるMuSKの強い活性化がNMJの形成に必須であることを意味している。事実、我々が世界に先駆けて樹立したDok-7欠損マウスは神経筋接合部を欠き、呼吸を含めた運動機能の欠損を呈した(参考文献:英文原著6/和文4−6)。
[参考文献]
英文原著
1.Annals of Neurology: 69, 418-422, 2011
2.Lab. Investigation: 90, 1357-1364, 2010
3.Science Signaling: 2, ra7, 2009
4.J. Biol. Chem.: 283, 5518-5524, 2008
5.Science: 313, 1975-1978, 2006
6.Science: 312, 1802-1805, 2006
7.J. Exp. Med.: 201, 333-339, 2005
8.J. Exp. Med.: 200, 1681-1687, 2004
9.J. Biol. Chem.: 276, 2459-2465, 2001
10.Genes & Development:14, 11-16, 2000
11.Cell: 88, 205-211, 1997
英文総説(Dokファミリーに関する総説)
1.Immunol. Reviews: 232. 273-285, 2009
和文
1.生体の科学4月号「先天性筋無力症の分子基盤」:62, 106-111, 2011
2.実験医学「受容体型キナーゼの細胞内からの活性化:Dok-7による神経筋シナプス形成の分子機構」: p1384-1387, 2009
3.実験医学増刊「シグナル伝達研究2008-‘09」:26, 103-110, 2008
4.Clinical Neuroscience「神経筋接合部の分子構築」:26, 962-963, 2008
5.細胞工学6月号「神経筋シナプス形成と筋無力症におけるDok-7/MuSKシグナル」:p674-678, 2007
6.実験医学10月号「神経筋シナプスの形成におけるDok-7の役割:細胞内因子による受容体型キナーゼの活性化」:p2517-2520, 2006
7.Molecular Medicine増刊「免疫2006」:42, 230-237, 2005
8.実験医学増刊「シグナル伝達研究2005-‘06」:23, 39-47, 2005
9.実験医学4月号「血球の恒常性とDok-1/2の新たな機能」:p1126-1132, 2005
10.実験医学増刊「キーワードでわかる シグナル伝達」:18-20, 84-94, 2004
11.実験医学増刊「シグナル伝達研究2003」:21, 35-43, 2003