腫瘍抑制分野は平成20年4月より新たな研究グループとして始動した。当分野は悪性腫瘍やその他の難治性疾患の克服を目指し、広く細胞機能を制御するシグナル伝達機構全般をその研究課題としている。具体的には、細胞機能制御の破綻として発症する癌、発生発達障害や免疫・神経・筋疾患等の基盤となるシグナル伝達機構に関して、未知のシグナル分子やシグナル経路を同定し、生理学的もしくは病態生理学的な視点から、それらの機能と作用機構の解明を進めている。また、その成果として得られた知見については、動物モデルや臨床検体を用いた研究を通じて診断・治療法開発への展開を図っている。実際、我々は新たな疾患としてDOK7型筋無力症を発見し、その実態が骨格筋の運動神経支配に必須のシナプスである神経筋接合部(NMJ:neuromuscular junction)の形成不全であることを解明した。さらに、NMJの形成不全に対するNMJ形成増強治療の可能性を着想し、筋無力症や筋ジストロフィー、さらには運動神経変性疾患のモデルマウスを用いてその有効性を実証した。他方、重症筋無力症の新たな病原性自己抗体の発見にも成功している。しかしながら、我々の第一の目標は真に新たな知見を得る事であり、疾病にかかわる事象のみにとらわれることなく、各々が個々の課題の本質を捉えることのできる研究グループとして発展することを目指している(「担当教授より」に詳述)。


現時点での主要な研究課題としては、従来から進めている蛋白質チロシンキナーゼ(PTK: protein-tyrosine kinase)シグナルの生理機能とその破綻による腫瘍性疾患や免疫・炎症性疾患、骨形成異常の解析に加え、神経筋接合部(NMJ)の形成・維持におけるPTKシグナルの解析とその知見に立脚した神経・筋疾患の治療法研究などに重点を置いている(主な研究成果)。また、新たな研究課題の基盤とすべく、新規のシグナル経路、シグナル分子の探索やシグナル伝達の時空的な解析等を間断なく実施している。これらの研究に用いる手法は多岐にわたり、シグナル分子複合体の精製とその同定、分子間相互作用の生化学的な解析、株化細胞、初代培養細胞や臨床検体を用いた分子生物学的解析、化合物ライブラリーのハイスループットスクリーニング、遺伝子改変マウスやウイルスベクターを用いた病理学、遺伝学的解析などを精力的に進めている。


これまでに、我々はB細胞抗原受容体シグナルなどのPTKシグナルに共通の基質分子として単離したDok-1(p62dok)(参考文献:英文原著13−15/和文総説13)とその類縁分子であるDok-2、Dok-3が造血システムや炎症制御を含めた免疫システムの恒常性の維持に必須の抑制因子として機能していることを明らかにしている(参考文献:英文原著2、6、11、12/英文総説3/和文総説10−12)。また、新たなDok類縁分子としてDok-7を単離し、それが、神経筋接合部(NMJ)の形成に必須の機能分子であり、その異常がNMJの形成不全を伴う先天性筋無力症(DOK7型筋無力症)の原因となることを発見している(参考文献:英文原著9、10/和文総説6−9)。さらに、細胞外の情報を細胞内に伝える分子と考えられている受容体型チロシンキナーゼの一種であるMuSKをDok-7が細胞内から直接活性化することがNMJの形成・維持機構の起点になると言う、全く新しい分子メカニズムの発見にも成功している(参考文献:英文原著8/英文総説1-2/和文総説3−5)。他方、自己免疫疾患である重症筋無力症への展開研究からは、今まで病因となる自己抗体が不明であった症例における新たな病原性自己抗体(抗Lrp4抗体)の発見にも成功し(参考文献:英文原著7)、欧米での関連研究の先駆けとなった。さらに、NMJを大きくする新たな治療技術の創出にも成功し、それが筋無力症などの筋原性疾患(ミオパチー)だけでなく、神経原性疾患(ニューロパチー)である筋萎縮性側索硬化症(ALS: Amyotrophic Lateral Sclerosis)のモデルマウスにも有効であることを実証した(NMJ形成増強治療)(参考文献:英文原著1、4/和文総説1、2)。また、NMJ形成不全に関わるシグナル分子の同定や(参考文献:英文原著5)、出生後の神経筋接合部を守るために必要な新たなシグナル伝達機構の発見にも成功している(参考文献:英文原著3)。現在、これらの知見を基盤として、以下の各項目に関する研究を進めている。



  1. 1.神経筋接合部(NMJ)の形成・維持機構

  2. 2.NMJ形成不全に対するNMJ形成増強治療

  3. 3.腫瘍の発生機構、並びに微小環境による腫瘍の浸潤・転移の制御機構

  4. 4.チロシンキナーゼ(PTK)を介した造血、免疫システムの制御機構

  5. 5.骨形成やその他の細胞機能に重要な未知のシグナル伝達機構の探索と解析

当分野は意欲ある大学院生(理学系研究科、新領域創成科学研究科、医学系研究科)を募集しています(詳細は e-mailもしくは電話にてお問い合わせ下さい)。


[参考文献]

英文原著(各論文の詳細は主要原著論文リストを御覧下さい)

  1. 1.EMBO Mol. Med.: Published online e201607298, 2017

  2. 2.Biochem. Biophys. Res. Commun.: 478, 135-142, 2016

  3. 3.Proc. Natl. Acad. Sci. USA.: 111, 16556-16561, 2014

  4. 4.Science: 345, 1505-1508, 2014

  5. 5.FEBS Lett.: 587, 3749-3754, 2013

  6. 6.Genes Cells: 18, 56-65, 2013

  7. 7.Annals of Neurology: 69, 418-422, 2011

  8. 8.Science Signaling: 2, ra7, 2009

  9. 9.Science: 313, 1975-1978, 2006

  10. 10.Science: 312, 1802-1805, 2006

  11. 11.J. Exp. Med.: 201, 333-339, 2005

  12. 12.J. Exp. Med.: 200, 1681-1687, 2004

  13. 13.Genes & Development: 14, 11-16, 2000

  14. 14.Cell: 88, 205-211, 1997

  15. 15.Science: 251, 192-194, 1991


英文総説

  1. 1.“Molecular signaling and its pathogenic alterations in neuromuscular junction formation and maintenance” in “Protein Modification in Pathogenic Dysregulation of Signaling (Springer)”: pp309-325, 2015

  2. 2.J. Biochem.: 151, 353-359, 2012 [Full Text]

  3. 3.Immunol. Reviews: 232, 273-285, 2009


和文総説

  1. 1.CLINICAL CALCIUM 3月号 「神経筋接合部(NMJ)の形成・維持機構とNMJ形成増強治療」: 27, 413-419, 2017

  2. 2.実験医学3月号「神経筋接合部の形成不全を伴う神経筋疾患に対する新規治療概念の創出」:p603-606, 2015

  3. 3.実験医学増刊「シグナル伝達研究の最前線2012-’13」:30, 740-745, 2012

  4. 4.生体の科学4月号「先天性筋無力症の分子基盤」:62, 106-111, 2011

  5. 5.実験医学6月号「受容体型キナーゼの細胞内からの活性化:Dok-7による神経筋シナプス形成の分子機構」:p1384-1387, 2009

  6. 6.実験医学増刊「シグナル伝達研究2008-‘09」:26, 103-110, 2008

  7. 7.Clinical Neuroscience「神経筋接合部の分子構築」:26, 962-963, 2008

  8. 8.細胞工学6月号「神経筋シナプス形成と筋無力症におけるDok-7/MuSKシグナル」:p674-678, 2007

  9. 9.実験医学10月号「神経筋シナプスの形成におけるDok-7の役割:細胞内因子による受容体型キナーゼの活性化」:p2517-2520, 2006

  10. 10.Molecular Medicine増刊「免疫2006」:42, 230-237, 2005

  11. 11.実験医学増刊「シグナル伝達研究2005-’06」:23, 39-47, 2005

  12. 12.実験医学4月号「血球の恒常性とDok-1/2の新たな機能」:p1126-1132, 2005

  13. 13.キーワードで理解するシグナル伝達イラストマップ:p18-20, p84-94, 2004



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