研究内容

新規腫瘍溶解性ウイルスを用いた腫瘍標的化治療法の開発

近年、悪性腫瘍に対する治療法の一つとして、生きたウイルスのもつ細胞溶解性を利用した“腫瘍溶解性ウイルス療法”が注目を集めています。この方法は、癌細胞特異的に感染・増殖できるウイルスを体内に投与することにより癌細胞を死滅させるという新しい治療法です。

これまでに我々は、様々な悪性腫瘍に対するより効果的な腫瘍溶解性ウイルスとしてエンテロウイルス数種を見出すとともに、従来の麻疹ウイルスの抗腫瘍効果を高めた新規遺伝子改変麻疹ウイルス(MV-NPL)の開発に成功しています。今後、より安全性を高めた新規腫瘍溶解性ウイルス療法の臨床応用を目指し、前臨床試験研究を継続しています。

再生医療等開発研究

難治性疾患に対する治療法には遺伝子治療法の他に組織幹細胞を用いた再生医療があり、現在集中的に検討がなされてきています。本研究部では特に細胞療法の観点からいくつかの新しい治療法開発に向けた基礎ならびに臨床的取り組みを行っております。

造血幹細胞から赤血球への新規成熟マーカーの同定

造血幹細胞から成熟赤血球が産生される過程での制御機構については未解明の部分が多いため、赤血球成熟の各段階における特定の遺伝子や表面マーカーを同定できれば、赤血球造血へのより深い理解につながると考えられます。赤血球成熟の各段階で発現している遺伝子を同定するために、我々はエリスロポエチン(EPO)依存性を有するUT-7/EPO細胞の増殖と成熟に関与する遺伝子を探索しています。

ヒト胚性幹細胞を用いた高効率造血細胞分化誘導法の検討

胚性幹細胞(Embryonic stem cell; ES細胞)は、全能性多分化能を有する培養細胞であり、近年樹立された人工多能性幹細胞(Induced pluripotent stem cell; iPS細胞)とともに、将来的な再生医療における主要な移植細胞源として期待を集めています.しかしながら実際の臨床応用までには、ES/iPS細胞から目的とした機能性分化細胞へ高効率かつ再現性良く分化誘導を行う系の開発が急務であり、また得られた分化細胞の生体内における安全性と有効性に関する慎重な前臨床研究の蓄積が必要です.このような背景のもと、本研究では血液細胞に焦点を当て、新しい造血幹細胞移植療法開発を目指して、ヒトES細胞を用いた高効率造血細胞分化誘導法の検討を行っています.

新規遺伝子導入ベクターを用いたヒトiPS細胞の樹立技術の開発

ヒトiPS細胞の開発により線維芽細胞を始めとする患者さん自身の細胞を用いた再生医療の実現が現実的になってきており、改良や応用技術開発が急速に進んできつつあるものの、安全面および効率面で克服すべき課題が多いことも事実であります。ゲノム病態学分野では、九州大学医学研究院ウイルス学教室との共同研究として、麻疹ウイルスベクターを用いた技術開発研究を行っています。麻疹ウイルスは遺伝子操作が簡便で、ウイルス学教室において既にウイルスゲノムの分節化技術が確立されており、一つのベクターで複数の遺伝子搭載が可能で、導入遺伝子発現の効率化が期待できます。さらに麻疹ウイルスには中和抗体、感染阻害ペプチド、効果的なワクチンが存在するなど、臨床応用に向けての基盤を有するウイルスであります。複数遺伝子搭載型新規麻疹ウイルスベクターを用いた安全かつ効率的なiPS細胞樹立技術開発を行い、臨床応用可能なiPS細胞の樹立を目標としています。

5-アミノレブリン酸(ALA)の適用拡大に関する研究

5-アミノレブリン酸(ALA)はアミノ酸の一種であり、動植物の生体内に含まれています。ALAを原料として動物の体内で作られる分子ヘムは、赤血球の中に存在して酸素を運搬するヘモグロビン、筋肉の中に存在して酸素を貯蔵するミオグロビン、多くの細胞の中に存在してエネルギー生産に関与するタンパク質シトクロムcなどの原料となる重要な分子です。

ALAを用いた末梢血循環がん細胞の検出

ALAは様々な固形がんの診断や治療に用いられています。ALAは人体の正常な細胞ではヘムになりますが、がん細胞ではヘムへ代謝されずに中間産物であるプロトポルフィリンIX (PpIX)として蓄積します。これは、がん細胞ではPpIXをヘムに変換する酵素活性が低いことなどが原因であると考えられています。このPpIXには青色光を当てると赤色の蛍光を発するという性質があるため、この性質を利用してがん細胞と正常細胞を色で区別することで、正確にがん組織のみを切除することができます。この診断は光線力学診断 (photodynamic diagnosis ; PDD)と呼ばれています。また、細胞内に蓄積したPpIXにレーザー光線を照射することなどによって、細胞内に毒性のある活性酸素を生じさせることができます。この性質を利用してPpIXが蓄積したがん細胞にレーザー光線を照射することなどで死滅させることができます。この治療は光線力学的療法(photodynamic therapy ; PDT)と呼ばれています。

私たちはがん患者さんの末梢血中に循環しているがん細胞(末梢血循環がん細胞;CTC)を対象として、ALAを用いてCTCを高感度で検出し、分取する方法の確立に取り組んでおります。本研究を通じて、再発を含むがんの早期での検出が可能となり、抗がん剤等の早期投与による治療予後改善に繋がることが期待されています。

悪性腫瘍に対する新規免疫療法の臨床研究

癌に対する治療は手術療法,化学療法,放射線療法が主だが治療抵抗例や再発例に対しては有効な治療法はなく,症状緩和療法主体の対症療法に留まっているのが現状です。従って新しい治療法を開発することが強く望まれ,第4の治療法としての免疫療法の可能性をいくつかの方法を用いて検討しています。

新規免疫分子・細胞治療法の開発

GM-CSF免疫遺伝子治療/新規癌精巣抗原由来エピトープペプチド療法の開発

これまでに我々は、GM-CSF遺伝子導入自家腫瘍ワクチン細胞を用いた免疫遺伝子治療臨床研究を行い、SEREX法を用いて患者さんの血清より腎癌細胞特異的遺伝子を同定しました。

GM-CSF遺伝子を用いた免疫遺伝子治療がもたらす抗腫瘍免疫誘導効果を増強する技術の開発を目指して、ケモカイン併用、脂質メディエーターアンタゴニスト併用、或いは癌幹細胞を標的とした特異的免疫誘導などの基礎研究を担癌マウスモデルを用いて進めています。また、GM-CSF遺伝子導入樹状細胞あるいは誘導性癌幹細胞を用いた新規免疫遺伝子治療の開発を行っています。

さらに、近年我々は新規ヒト癌精巣抗原FEATを発見し、現在FEAT由来エピトープペプチドを用いた新規ペプチドワクチン療法の臨床応用を目指して、前臨床試験を進めています。

新規免疫分子・細胞治療法の開発

腫瘍抗原ペプチドパルス樹状細胞、CTL細胞を用いた新たな免疫療法の臨床研究

抗原提示細胞である樹状細胞あるいは腫瘍特異的細胞障害性T細胞(CTL細胞)を用いた腫瘍免疫療法は、悪性腫瘍に対する有力な治療法の一つとして注目されています。現在、九州大学病院先端分子細胞治療科では、新規腫瘍抗原ペプチドRNF43をパルスした樹状細胞、及びそれにより共培養活性化した細胞傷害性Tリンパ球を用いた新たな腫瘍免疫療法の前臨床研究及び臨床研究を行っています。

また、これまで5種類の新規腫瘍関連抗原由来エピトープペプチドカクテルを用いた腫瘍特異的強化ワクチン療法の第Ⅰ相臨床試験を終了し、現在患者さんの血清や血液細胞の免疫学的機能解析を行っています。

新規遺伝子治療法の開発

癌幹細胞を標的とした特異的免疫遺伝子治療法の開発に向けた基礎的研究

癌幹細胞説では、腫瘍の形成と増殖は自己複製能と多分化能を持った少数の幹細胞様の癌細胞によるものと考えられています。それらの癌幹細胞はいくつかの表面マーカーの有無やSide Population (SP)と呼ばれる薬剤排出能を指標とした方法によって同定されている。現在の癌治療戦略において、抗癌剤抵抗性や高い腫瘍免疫寛容誘導能を有する癌幹細胞は重要な新規ターゲットとなる可能性が高いと考えられます。また、近年、GM-CSFを中心としたサイトカインや腫瘍抗原遺伝子等を免疫担当細胞や腫瘍細胞に遺伝子導入後、ワクチンとして患者に投与することにより抗腫瘍効果を得ようとするex vivo免疫遺伝子治療が欧米を中心に試みられています。以上の背景より、我々は、癌幹細胞を標的とした特異的免疫療法の前臨床研究モデルを作成することを目指しています。