Department of Rheumatology and Allergy(Est.2001)
Division of Rheumatology (Est.2013),Center forAbtibody and Vaccine Therapy
東京大学医科学研究所附属病院
アレルギー免疫科 (2001年設置) / 抗体・ワクチンセンター 免疫病治療学分野 (2013年設置)
 
 

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研究紹介

 私たちは、膠原病リウマチ性疾患の臨床における未解決の課題に挑むとともに、

 新しい領域の基礎研究の開発に取り組んでいます。

 私たちは、膠原病リウマチ性疾患の臨床における

 未解決の課題に挑むとともに、新しい領域の

 基礎研究の開発に取り組んでいます。


膠原病リウマチ性疾患の治療法開発

1. じめに
 ステロイド(グルココルチコイド)は副腎皮質から分泌され生体恒常性を司るホルモンであるとともに、強力な抗炎症作用と免疫抑制作用を期待されて種々の炎症性疾患,免疫疾患の治療に汎用されています。臨床応用開始後60年以上経た今もステロイド作用の分子機構の詳細は不明であり、副作用が問題となることも多く、作用と副作用の分離や副作用の克服にむけた取り組みが続いています。
 一方、関節リウマチなどに対しては生物学的製剤など画期的な治療薬が登場しており、膠原病リウマチ性疾患の臨床におけるステロイドの位置付けにも変化が生じております。基礎的研究成果に基づいた根拠もなく「脱ステロイド」を唱える流れも存在します。私たちは、多くの炎症性疾患においていまだにステロイドに変わる薬剤はないことを踏まえ、書籍などを通じて適切なステロイド療法の臨床を発信するとともに(図1)、ステロイドの作用機構解明と副作用の克服に取り組んでいます。

 
 
図1 ステロイド療法に関する情報発信

1. じめに
 ステロイド(グルココルチコイド)は副腎皮質から分泌され生体恒常性を司るホルモンであるとともに、強力な抗炎症作用と免疫抑制作用を期待されて種々の炎症性疾患,免疫疾患の治療に汎用されています。臨床応用開始後60年以上経た今もステロイド作用の分子機構の詳細は不明であり、副作用が問題となることも多く、作用と副作用の分離や副作用の克服にむけた取り組みが続いています。
 一方、関節リウマチなどに対しては生物学的製剤など画期的な治療薬が登場しており、膠原病リウマチ性疾患の臨床におけるステロイドの位置付けにも変化が生じております。基礎的研究成果に基づいた根拠もなく「脱ステロイド」を唱える流れも存在します。私たちは、多くの炎症性疾患においていまだにステロイドに変わる薬剤はないことを踏まえ、書籍などを通じて適切なステロイド療法の臨床を発信するとともに(図1)、ステロイドの作用機構解明と副作用の克服に取り組んでいます。
 

図1 ステロイド療法に関する情報発信

2.テロイドの作用・副作用の分子機構
 細胞内でステロイドは、ほぼ全細胞に存在する核内受容体スーパーファミリーに属するリガンド依存性転写因子glucocorticoid receptor(GR)に結合して遺伝子の発現を制御することでその作用を発現させます。GRはリガンド結合によってシャペロンを解離し核へ移行した後DNA上のグルココルチコイド応答性配列(Glucocorticoid Response Element: GRE)に結合します。典型的(古典的)GREは6塩基からなるハーフサイトが3塩基のスペーサー配列をはさんで回文状に並んでいます。
 現在、ステロイド-GR複合体は、標的とするDNA配列、他の転写因子、そして、エピジェネティック因子などとの相互作用の元に遺伝子発現を精緻かつ多彩な様式で制御している実態が明らかとなっています。ここで、個々の組織、細胞のみならず、同一遺伝子においても発現制御機構は多彩であり、組織特異的なステロイド作用に合理的に対応しています。たとえば、ステロイドの抗炎症作用機構としてNF-κBとの相互作用を介したCOX-2遺伝子の転写抑制が有名です。しかし、心筋細胞ではステロイドはCOX-2遺伝子発現を亢進させ、PGD合成を介して心筋保護に働くことがわかりました。また、クロマチン構造によってもGRのDNAへのアクセスは影響され、ステロイドに対する感受性を規定する分子基盤の一つです。エピジェネティック修飾は組織毎に異なり、ステロイドの組織特異的作用発現に関連しています。
 GRは核内、とくにDNA上で多くの因子とアロステリックに相互作用を行うことでも遺伝子発現の多彩な調節を可能としています。GRの立体構造修飾は、リガンド以外にもDNA結合配列自体も関与します。GRと相互作用する因子には、概日時計関連因子、NFκBやAP-1、Interferone regulatory factor 3 (IRF3)、STAT5などがあります。遺伝子発現制御様式も多彩であり、GRが直接DNAに結合せずにDNAに結合した他の転写因子に結合する(tethering)、あるいは、他の転写因子とともにDNAに結合して転写を制御する(composite)、などが知られています(図2)。
 

図2 ステロイドの作用機

 
このように、ステロイドの作用はGRという鍵分子の特性によって時間的空間的に多彩な制御を受けています。ステロイドはGRを介して約10%以上の遺伝子の発現に影響を与えます。その制御様式も細胞、臓器によって大きく異なること、免疫系、内分泌代謝系、神経系などの生体制御機構は互いにクロストークしつつ恒常性維持を司っていること、から、薬理量のステロイド投与によってこれらのシステムは量的質的に影響を受け、恒常性に破綻をきたした状態が副作用と考えられます。副作用が臓器ごとに異なり、しかも多彩であることは、各臓器におけるGRの標的遺伝子のレパートリーが異なっていることによります(図3)。ステロイドの作用や副作用を単純なモデルで画一的に表現することは不適切であり、ステロイドの副作用克服のための戦略としては、「各臓器におけるGR標的遺伝子同定とそれらの発現制御機構と機能の解析から副作用発現機構とその克服のための分子標的を明確にする」ことが重要であることがおわかりいただけるかと思います。そこで、私たちは、各臓器におけるGRの標的遺伝子を網羅的に同定して副作用の発生機構を解明し、副作用のないステロイド療法の確立に向けた研究を続けております。すでに、骨格筋に関する研究から、ステロイドの副作用である骨格筋萎縮の分子機構を解明したとともに、その成果を応用した橋渡し研究に発展させています。以下にその概要を紹介します。
 

 
図3 ステロイド作用の組織特異性

2.テロイドの作用・副作用の分子機構
 細胞内でステロイドは、ほぼ全細胞に存在する核内受容体スーパーファミリーに属するリガンド依存性転写因子glucocorticoid receptor(GR)に結合して遺伝子の発現を制御することでその作用を発現させます。GRはリガンド結合によってシャペロンを解離し核へ移行した後DNA上のグルココルチコイド応答性配列(Glucocorticoid Response Element: GRE)に結合します。典型的(古典的)GREは6塩基からなるハーフサイトが3塩基のスペーサー配列をはさんで回文状に並んでいます。
 現在、ステロイド-GR複合体は、標的とするDNA配列、他の転写因子、そして、エピジェネティック因子などとの相互作用の元に遺伝子発現を精緻かつ多彩な様式で制御している実態が明らかとなっています。ここで、個々の組織、細胞のみならず、同一遺伝子においても発現制御機構は多彩であり、組織特異的なステロイド作用に合理的に対応しています。たとえば、ステロイドの抗炎症作用機構としてNF-κBとの相互作用を介したCOX-2遺伝子の転写抑制が有名です。しかし、心筋細胞ではステロイドはCOX-2遺伝子発現を亢進させ、PGD合成を介して心筋保護に働くことがわかりました。また、クロマチン構造によってもGRのDNAへのアクセスは影響され、ステロイドに対する感受性を規定する分子基盤の一つです。エピジェネティック修飾は組織毎に異なり、ステロイドの組織特異的作用発現に関連しています。
 GRは核内、とくにDNA上で多くの因子とアロステリックに相互作用を行うことでも遺伝子発現の多彩な調節を可能としています。GRの立体構造修飾は、リガンド以外にもDNA結合配列自体も関与します。GRと相互作用する因子には、概日時計関連因子、NFκBやAP-1、Interferone regulatory factor 3 (IRF3)、STAT5などがあります。遺伝子発現制御様式も多彩であり、GRが直接DNAに結合せずにDNAに結合した他の転写因子に結合する(tethering)、あるいは、他の転写因子とともにDNAに結合して転写を制御する(composite)、などが知られています(図2)。
 

図2 ステロイドの作用機

このように、ステロイドの作用はGRという鍵分子の特性によって時間的空間的に多彩な制御を受けています。ステロイドはGRを介して約10%以上の遺伝子の発現に影響を与えます。その制御様式も細胞、臓器によって大きく異なること、免疫系、内分泌代謝系、神経系などの生体制御機構は互いにクロストークしつつ恒常性維持を司っていること、から、薬理量のステロイド投与によってこれらのシステムは量的質的に影響を受け、恒常性に破綻をきたした状態が副作用と考えられます。副作用が臓器ごとに異なり、しかも多彩であることは、各臓器におけるGRの標的遺伝子のレパートリーが異なっていることによります(図3)。ステロイドの作用や副作用を単純なモデルで画一的に表現することは不適切であり、ステロイドの副作用克服のための戦略としては、「各臓器におけるGR標的遺伝子同定とそれらの発現制御機構と機能の解析から副作用発現機構とその克服のための分子標的を明確にする」ことが重要であることがおわかりいただけるかと思います。そこで、私たちは、各臓器におけるGRの標的遺伝子を網羅的に同定して副作用の発生機構を解明し、副作用のないステロイド療法の確立に向けた研究を続けております。すでに、骨格筋に関する研究から、ステロイドの副作用である骨格筋萎縮の分子機構を解明したとともに、その成果を応用した橋渡し研究に発展させています。以下にその概要を紹介します。
 

 
図3 ステロイド作用の組織特異性

3.テロイド筋症とGRによる骨格筋量制御メカニズム
1)ステロイド筋症
 内因性ステロイド過剰によるクッシング症候群の患者では中心性肥満と四肢筋の萎縮のため特徴的な風貌を呈します。薬理量のステロイドが投与された場合も、程度の差こそあれ、同様な変化が生じます。膠原病友の会の患者を対象に実施したアンケート調査では、314名中118名、38%の患者が筋力低下の症状を有していることがわかりました。筋力低下が顕性化した場合をステロイド筋症(ステロイドミオパチー)と称し、女性、高齢者、担癌患者、窒素平衡が負になっている患者で、高用量ステロイド投与1〜3ヵ月後に緩徐に発症することが多いとされています。現時点ではその対策として、ステロイド減量、適度な運動、などがありますが、積極的介入方法はなく、筋力低下による日常生活障害を有する患者も少なくありません。
 
2)骨格筋量の制御機構
 横紋筋である骨格筋は体の40%前後の重量を占め、姿勢の保持、運動・移動能をもたらす運動器官としてのみならず、栄養、とくにタンパク質の貯蔵庫として重要です。骨格筋は筋芽細胞の融合によって生じる巨大多核細胞である筋細胞(筋線維)から構成されます。筋線維は、ミトコンドリアに富み主に酸化的リン酸化によるエネルギーを利用して持続的な収縮を行う遅筋(Type I、赤筋、ミオシン重鎖type I陽性)線維と、主に解糖によるエネルギーを利用して急速な収縮を行う速筋(Type II、白筋、ミオシン重鎖type II陽性)線維に大別されます。II型速筋線維の中でもIIbは典型的な速筋線維であり、IIa、IIx は遅筋と速筋の中間的性質を有します。多くの筋肉ではこれらの線維がモザイク状になっており、部位ごとにその比率も異なっています。筋線維の周囲には筋サテライト細胞が存在し、筋線維が傷害されたときなどに増殖して新しい筋線維を補填します。しかし、最終分化した骨格筋細胞は非再生系組織細胞であり、健常成人では筋線維数は増えることはなく骨格筋量は主に筋線維中のタンパク量によって規定されると考えてよいでしょう。
 飢餓時やステロイド過剰時などの異化亢進状態において、骨格筋は多彩なシグナル経路によってタンパク分解が合成を上回ります。ここで、タンパク合成の経路としてはインスリン/IGF-1を介して最終的にセリンスレオニンキナーゼであるmTORを活性化するもののみです。一方でタンパク分解を促進するシグナル経路はきわめて多彩です。このことは、骨格筋タンパク質リザーブは骨格筋からのアミノ酸などのエネルギー供給が必要ないずれの場合に対しても即応するために存在している可能性を示唆します。骨格筋タンパク分解に関係する遺伝子は120種類前後ありatrogeneと総称され、その多くはユビキチンープロテアソーム経路、オートファジー経路の分子をコードしています。異化状態で活性化される様々なシグナルは各々別々の転写因子を活性化させ、最終的にはatrogene発現を転写レベルで増大させます。全身性に筋萎縮をきたす疾患においてこれらのシグナル経路、転写因子、遺伝子発現の破綻が明らかにされつつあります。ただ、いずれの疾患においても筋萎縮に至る経路は多彩であり、病態の理解を困難にしているのです。例えば、癌患者においては、ミオスタチンが活性化されているのみならず、血中コルチゾールも高値を示すことも多く、インスリン抵抗性とともに病態形成に関与するなど、筋萎縮の分子機構は複雑です。
 
3)ステロイド筋症の分子機構
 「ステロイド筋症はステロイドによる骨格筋タンパク質異化の亢進と同化の低下による」と教科書的にも古くから記載されています。しかし、その詳細な分子機構は驚くべきことに半世紀近く不明のままでした。この問題を解くにあたり、私たちはまず、筋線維特異的なGR標的遺伝子を網羅的に同定し、それらの遺伝子産物の機能を解析することから着手しました。その結果、GRは複数の経路を介して、ユビキチンープロテアソーム、オートファジーの両経路を作動させるのみならず、mTOR活性を抑制して、タンパク分解を高効率に引き起こすことを見出しました。
 具体的には、ラット骨格筋においてステロイド依存的mRNA発現亢進を呈する遺伝子として、転写因子KLF15を同定しました。そのプロモーター領域に種間で保存されたGR結合DNA配列候補を配列相同性から見出し、レポーターアッセイ法、クロマチン免疫沈降法を用いて、KLF15が骨格筋特異的なGRの直接標的遺伝子であることを明らかにしました。KLF15を過剰発現させたラット前脛骨筋のmRNA発現プロファイルの解析より、KLF15の既知標的遺伝子BCAT2のほか、FoxO1、FoxO3、atrogin-1、MuRF1のmRNA発現亢進を見出しました。

 
 
ここで、FoxOファミリー転写因子は骨格筋特異的E3ユビキチンリガーゼであるatrogin-1, MuRF1やオートファジー経路の分子であるLC3などの遺伝子発現を亢進させる結果、筋タンパク質分解を亢進します。ステロイド依存的なatrogin-1, MuRF1の発現亢進はsiRNAによるKLF15ノックダウンで著明に抑制されたため、KLF15はGR下流に存在しGR-KLF15軸を形成する、骨格筋タンパク質異化の分子機構に重要な転写因子であると結論しました。KLF15の標的遺伝子BCAT2は分岐鎖アミノ酸(BCAA)異化酵素です。BCAAはタンパク質合成のカギ因子mTORを活性化するため、KLF15によるBCAT2発現亢進を介した細胞内BCAA濃度低下はmTOR活性の低下をもたらします。したがってKLF15を介した転写制御は異化促進のみならず同化抑制においても重要なのです。以上から、GRをカギ因子とした転写ネットワークは、mTOR経路とクロストークし、異化促進機構および同化のシャットオフ機構を同時に駆動して骨格筋タンパク質代謝を異化優位へ迅速かつ効率的にスイッチすると結論づけました(図4)。すなわち、ステロイド筋症の本態は、「元来バランスをとって精緻に制御されている骨格筋タンパク量制御系のGR過剰活性化による破綻」、に他ならないことになります。
 

  図4 ステロイド筋萎縮の分子機構
(Cell Metabolism 2011)
(Nature Communications 2015)
 

 ラットのステロイド筋症モデルにおいてBCAAを大量投与した際にmTOR活性化→GR抑制→筋量増加が確認できたため、私たちは所属施設附属病院においてステロイド服用中の膠原病患者を対象としたステロイド筋症の臨床研究とBCAA大量療法の有効性を検証する医師主導型臨床試験を実施しました。その結果、ステロイド大量投与後約1ヶ月で平均30%もの筋肉が失われること、筋萎縮の程度には大きな個体差があること、ステロイド減量によって筋量は回復すること、そして、BCAA大量療法は骨格筋量の回復を加速させる可能性があること、を示す成績を得ています(図5)。ここで、BCAAの臨床効果に関しては従来から様々な報告があり、中には有効性を疑問視するものもありました。最近、人工膝関節置換術後の患者における骨格筋量回復にBCAAを含む必須アミノ酸の補充が有効であることが示されており、骨格筋タンパク量制御機構解明を通じてBCAA療法の適応がより適確化されるとともに、投与法などの理論的構築が進歩することが期待できます。
 

 
図5 ステロイド筋症に対するBCAAの効果

3.テロイド筋症とGRによる骨格筋量制御メカニズム
 
1)ステロイド筋症
 内因性ステロイド過剰によるクッシング症候群の患者では中心性肥満と四肢筋の萎縮のため特徴的な風貌を呈します。薬理量のステロイドが投与された場合も、程度の差こそあれ、同様な変化が生じます。膠原病友の会の患者を対象に実施したアンケート調査では、314名中118名、38%の患者が筋力低下の症状を有していることがわかりました。筋力低下が顕性化した場合をステロイド筋症(ステロイドミオパチー)と称し、女性、高齢者、担癌患者、窒素平衡が負になっている患者で、高用量ステロイド投与1〜3ヵ月後に緩徐に発症することが多いとされています。現時点ではその対策として、ステロイド減量、適度な運動、などがありますが、積極的介入方法はなく、筋力低下による日常生活障害を有する患者も少なくありません。
 
2)骨格筋量の制御機構
 横紋筋である骨格筋は体の40%前後の重量を占め、姿勢の保持、運動・移動能をもたらす運動器官としてのみならず、栄養、とくにタンパク質の貯蔵庫として重要です。骨格筋は筋芽細胞の融合によって生じる巨大多核細胞である筋細胞(筋線維)から構成されます。筋線維は、ミトコンドリアに富み主に酸化的リン酸化によるエネルギーを利用して持続的な収縮を行う遅筋(Type I、赤筋、ミオシン重鎖type I陽性)線維と、主に解糖によるエネルギーを利用して急速な収縮を行う速筋(Type II、白筋、ミオシン重鎖type II陽性)線維に大別されます。II型速筋線維の中でもIIbは典型的な速筋線維であり、IIa、IIx は遅筋と速筋の中間的性質を有します。多くの筋肉ではこれらの線維がモザイク状になっており、部位ごとにその比率も異なっています。筋線維の周囲には筋サテライト細胞が存在し、筋線維が傷害されたときなどに増殖して新しい筋線維を補填します。しかし、最終分化した骨格筋細胞は非再生系組織細胞であり、健常成人では筋線維数は増えることはなく骨格筋量は主に筋線維中のタンパク量によって規定されると考えてよいでしょう。
 飢餓時やステロイド過剰時などの異化亢進状態において、骨格筋は多彩なシグナル経路によってタンパク分解が合成を上回ります。ここで、タンパク合成の経路としてはインスリン/IGF-1を介して最終的にセリンスレオニンキナーゼであるmTORを活性化するもののみです。一方でタンパク分解を促進するシグナル経路はきわめて多彩です。このことは、骨格筋タンパク質リザーブは骨格筋からのアミノ酸などのエネルギー供給が必要ないずれの場合に対しても即応するために存在している可能性を示唆します。骨格筋タンパク分解に関係する遺伝子は120種類前後ありatrogeneと総称され、その多くはユビキチンープロテアソーム経路、オートファジー経路の分子をコードしています。異化状態で活性化される様々なシグナルは各々別々の転写因子を活性化させ、最終的にはatrogene発現を転写レベルで増大させます。全身性に筋萎縮をきたす疾患においてこれらのシグナル経路、転写因子、遺伝子発現の破綻が明らかにされつつあります。ただ、いずれの疾患においても筋萎縮に至る経路は多彩であり、病態の理解を困難にしているのです。例えば、癌患者においては、ミオスタチンが活性化されているのみならず、血中コルチゾールも高値を示すことも多く、インスリン抵抗性とともに病態形成に関与するなど、筋萎縮の分子機構は複雑です。
 
3)ステロイド筋症の分子機構
 「ステロイド筋症はステロイドによる骨格筋タンパク質異化の亢進と同化の低下による」と教科書的にも古くから記載されています。しかし、その詳細な分子機構は驚くべきことに半世紀近く不明のままでした。この問題を解くにあたり、私たちはまず、筋線維特異的なGR標的遺伝子を網羅的に同定し、それらの遺伝子産物の機能を解析することから着手しました。その結果、GRは複数の経路を介して、ユビキチンープロテアソーム、オートファジーの両経路を作動させるのみならず、mTOR活性を抑制して、タンパク分解を高効率に引き起こすことを見出しました。
 具体的には、ラット骨格筋においてステロイド依存的mRNA発現亢進を呈する遺伝子として、転写因子KLF15を同定しました。そのプロモーター領域に種間で保存されたGR結合DNA配列候補を配列相同性から見出し、レポーターアッセイ法、クロマチン免疫沈降法を用いて、KLF15が骨格筋特異的なGRの直接標的遺伝子であることを明らかにしました。KLF15を過剰発現させたラット前脛骨筋のmRNA発現プロファイルの解析より、KLF15の既知標的遺伝子BCAT2のほか、FoxO1、FoxO3、atrogin-1、MuRF1のmRNA発現亢進を見出しました。ここで、FoxOファミリー転写因子は骨格筋特異的E3ユビキチンリガーゼであるatrogin-1, MuRF1やオートファジー経路の分子であるLC3などの遺伝子発現を亢進させる結果、筋タンパク質分解を亢進します。ステロイド依存的なatrogin-1, MuRF1の発現亢進はsiRNAによるKLF15ノックダウンで著明に抑制されたため、KLF15はGR下流に存在しGR-KLF15軸を形成する、骨格筋タンパク質異化の分子機構に重要な転写因子であると結論しました。KLF15の標的遺伝子BCAT2は分岐鎖アミノ酸(BCAA)異化酵素です。BCAAはタンパク質合成のカギ因子mTORを活性化するため、KLF15によるBCAT2発現亢進を介した細胞内BCAA濃度低下はmTOR活性の低下をもたらします。したがってKLF15を介した転写制御は異化促進のみならず同化抑制においても重要なのです。以上から、GRをカギ因子とした転写ネットワークは、mTOR経路とクロストークし、異化促進機構および同化のシャットオフ機構を同時に駆動して骨格筋タンパク質代謝を異化優位へ迅速かつ効率的にスイッチすると結論づけました(図4)。すなわち、ステロイド筋症の本態は、「元来バランスをとって精緻に制御されている骨格筋タンパク量制御系のGR過剰活性化による破綻」、に他ならないことになります。
 

  図4 ステロイド筋萎縮の分子機構
(Cell Metabolism 2011)
(Nature Communications 2015)
 

 ラットのステロイド筋症モデルにおいてBCAAを大量投与した際にmTOR活性化→GR抑制→筋量増加が確認できたため、私たちは所属施設附属病院においてステロイド服用中の膠原病患者を対象としたステロイド筋症の臨床研究とBCAA大量療法の有効性を検証する医師主導型臨床試験を実施しました。その結果、ステロイド大量投与後約1ヶ月で平均30%もの筋肉が失われること、筋萎縮の程度には大きな個体差があること、ステロイド減量によって筋量は回復すること、そして、BCAA大量療法は骨格筋量の回復を加速させる可能性があること、を示す成績を得ています(図5)。ここで、BCAAの臨床効果に関しては従来から様々な報告があり、中には有効性を疑問視するものもありました。最近、人工膝関節置換術後の患者における骨格筋量回復にBCAAを含む必須アミノ酸の補充が有効であることが示されており、骨格筋タンパク量制御機構解明を通じてBCAA療法の適応がより適確化されるとともに、投与法などの理論的構築が進歩することが期待できます。
 

 
図5 ステロイド筋症に対するBCAAの効果

骨格筋をノードとした個体レベルのエネルギー代謝制御機構の解明

1. じめに
 骨格筋は運動や姿勢保持のみならず全身のエネルギー代謝調節においても基幹的役割を担っています。近年、骨格筋によるエネルギー代謝調節が、栄養状態のみならず、筋が受ける機械的刺激(張力など)、酸素濃度、性ホルモン、時計遺伝子産物など多彩な因子によって精緻な調節を受けることが明らかになってきました。また、骨格筋由来の代謝産物やサイトカイン様物質が他臓器機能を異所性に制御することも注目されています。実際、運動や骨格筋の量は代謝性疾患と密接に関連しています(図6)。
 

図6 運動、骨格筋とエネルギー代謝とその異常

 
先述のように、私たちは膠原病リウマチ医の立場からステロイドによって誘発される筋萎縮の克服に向けて研究を開始しました。その結果、骨格筋量制御におけるステロイドとその受容体の役割を解明したとともに、エネルギー代謝を制御する「骨格筋—肝臓—脂肪シグナル軸」を発見して、骨格筋による遠隔臓器の代謝、特に脂肪組織制御の分子機構の一端を解明しました。研究室では、これらの成果を基盤に、メカノ−メタボ カップリングともいうべき、骨格筋と個体レベルのエネルギー代謝との連関を解明してエネルギー代謝に関する新しいパラダイムを構築するとともに、多数の臓器システムの連関から生体を理解したいと考えています。

1. じめに
 骨格筋は運動や姿勢保持のみならず全身のエネルギー代謝調節においても基幹的役割を担っています。近年、骨格筋によるエネルギー代謝調節が、栄養状態のみならず、筋が受ける機械的刺激(張力など)、酸素濃度、性ホルモン、時計遺伝子産物など多彩な因子によって精緻な調節を受けることが明らかになってきました。また、骨格筋由来の代謝産物やサイトカイン様物質が他臓器機能を異所性に制御することも注目されています。実際、運動や骨格筋の量は代謝性疾患と密接に関連しています(図6)。
 

図6 運動、骨格筋とエネルギー代謝とその異常
 

先述のように、私たちは膠原病リウマチ医の立場からステロイドによって誘発される筋萎縮の克服に向けて研究を開始しました。その結果、骨格筋量制御におけるステロイドとその受容体の役割を解明したとともに、エネルギー代謝を制御する「骨格筋—肝臓—脂肪シグナル軸」を発見して、骨格筋による遠隔臓器の代謝、特に脂肪組織制御の分子機構の一端を解明しました。研究室では、これらの成果を基盤に、メカノ−メタボ カップリングともいうべき、骨格筋と個体レベルのエネルギー代謝との連関を解明してエネルギー代謝に関する新しいパラダイムを構築するとともに、多数の臓器システムの連関から生体を理解したいと考えています。


2. 体レベルのエネルギー代謝制御における骨格筋GRの役割 − 骨格筋−肝臓−脂肪シグナル軸

 私たちは、骨格筋における上記のGRを起点とした精緻かつ巧妙な遺伝子発現調節経路の生理的意義に興味を持って研究を進め、骨格筋と全身のエネルギー代謝の連関に関する新しい知見を得つつあります。
1)生理的条件下の骨格筋タンパク質異化
 骨格筋タンパク質の異化によって生じるアミノ酸の供給増加は、アミノ酸代謝物のTCA回路への流入によるATP産生増加に寄与します。さらに、血流により肝臓に輸送されたアラニンは糖新生によってグルコースに変換され(グルコース-アラニン回路)、全身の様々な組織におけるATP産生に寄与することが知られています。私たちはまず、GR-mTORクロストークの生理的意義を検証するため、骨格筋特異的GRノックアウト(GRmKO)マウスを作出しました。予想通り、GRmKOマウスの骨格筋は筋線維径レベルで肥大していました。一方、全身の脂肪組織が脂肪細胞径(主に細胞内脂肪滴の量により決まる)レベルで縮小していることに驚きました。この結果は、生理的にも骨格筋GR依存性のタンパク分解システム、あるいは、GR-mTORクロストークが稼働し、脂質代謝と連関していることを示唆するものです。そこで、骨格筋と脂肪組織の連関を担う仕組みの解明を目指し、野生型マウスとGRmKOマウスの血中物質のプロファイル比較を行ったところ、GRmKOマウスで血漿中のアラニン濃度が低下しFibroblast growth factor 21 (FGF21)濃度が増加していることを見出しました。肝細胞においてアラニン枯渇がFGF21遺伝子プロモーター上への転写因子Activating transcription factor 4の結合とFGF21 mRNA発現亢進を誘導します。FGF21は、脂肪組織でトリグリセリド分解を促進することが知られており、実際GRmKOマウスの脂肪組織では、絶食によるリパーゼ群遺伝子の発現が野生型マウスよりも亢進していました。GRmKOマウスをアラニン高含有食で飼養して血漿アラニン濃度を野生型マウスと同等に保つと、各組織における遺伝子発現、血漿中代謝パラメータ、さらに体脂肪量が、野生型マウスと同等に復しました。以上の結果から、骨格筋タンパク質異化によるアラニン供給のレベルは、おそらくは肝臓FGF21発現量調節を介して、脂肪組織からの脂質動員量を調節していると結論づけられたのです(骨格筋−肝臓−脂肪シグナル軸、図7)。

図7 骨格筋ー肝臓ー脂肪シグナル軸
(Nature Communications 2015)
 

クッシング症候群、薬理量グルココルチコイド投与患者では、骨格筋委縮とともに中心性肥満が認められます。これらはGRmKOマウスとは対照的な表現系であることから、その病態形成に骨格筋GRとそれを起点とした骨格筋−肝臓−脂肪シグナル軸の関与が想定可能です。実際、クッシング症候群モデルにおいてもGRmKOマウスでは筋萎縮・肥満は軽度でした。ob/obマウスを背景にGRを骨格筋特異的にノックアウトした際もステロイドによる筋萎縮と肥満はob/obマウスに比して軽度でした。これらの事実により、骨格筋GRを起点とした代謝変容が体組成や糖代謝に影響を与えることが確認できたのです(投稿中)。いずれにせよ、骨格筋GRを中心とした遺伝子転写制御による骨格筋タンパク質代謝の調節は、骨格筋−肝臓−脂肪シグナル軸を介した多臓器連関によって、個体レベルでの栄養備蓄・供給、とくに環境・状況に応じたタンパク質と脂質の使い分けを制御する高次生体システムの一翼を担っていることが伺えたと言えます。これらの研究を端緒として、ステロイド副作用である筋萎縮のみならず、骨格筋を標的とした抗生活習慣病治療の開発が進むことを期待しています。

 私たちは、骨格筋における上記のGRを起点とした精緻かつ巧妙な遺伝子発現調節経路の生理的意義に興味を持って研究を進め、骨格筋と全身のエネルギー代謝の連関に関する新しい知見を得つつあります。
 
1)生理的条件下の骨格筋タンパク質異化
 骨格筋タンパク質の異化によって生じるアミノ酸の供給増加は、アミノ酸代謝物のTCA回路への流入によるATP産生増加に寄与します。さらに、血流により肝臓に輸送されたアラニンは糖新生によってグルコースに変換され(グルコース-アラニン回路)、全身の様々な組織におけるATP産生に寄与することが知られています。私たちはまず、GR-mTORクロストークの生理的意義を検証するため、骨格筋特異的GRノックアウト(GRmKO)マウスを作出しました。予想通り、GRmKOマウスの骨格筋は筋線維径レベルで肥大していました。一方、全身の脂肪組織が脂肪細胞径(主に細胞内脂肪滴の量により決まる)レベルで縮小していることに驚きました。この結果は、生理的にも骨格筋GR依存性のタンパク分解システム、あるいは、GR-mTORクロストークが稼働し、脂質代謝と連関していることを示唆するものです。そこで、骨格筋と脂肪組織の連関を担う仕組みの解明を目指し、野生型マウスとGRmKOマウスの血中物質のプロファイル比較を行ったところ、GRmKOマウスで血漿中のアラニン濃度が低下しFibroblast growth factor 21 (FGF21)濃度が増加していることを見出しました。肝細胞においてアラニン枯渇がFGF21遺伝子プロモーター上への転写因子Activating transcription factor 4の結合とFGF21 mRNA発現亢進を誘導します。FGF21は、脂肪組織でトリグリセリド分解を促進することが知られており、実際GRmKOマウスの脂肪組織では、絶食によるリパーゼ群遺伝子の発現が野生型マウスよりも亢進していました。GRmKOマウスをアラニン高含有食で飼養して血漿アラニン濃度を野生型マウスと同等に保つと、各組織における遺伝子発現、血漿中代謝パラメータ、さらに体脂肪量が、野生型マウスと同等に復しました。以上の結果から、骨格筋タンパク質異化によるアラニン供給のレベルは、おそらくは肝臓FGF21発現量調節を介して、脂肪組織からの脂質動員量を調節していると結論づけられたのです(骨格筋−肝臓−脂肪シグナル軸、図7)。
 

図7 骨格筋ー肝臓ー脂肪シグナル軸
(Nature Communications 2015)
 

クッシング症候群、薬理量グルココルチコイド投与患者では、骨格筋委縮とともに中心性肥満が認められます。これらはGRmKOマウスとは対照的な表現系であることから、その病態形成に骨格筋GRとそれを起点とした骨格筋−肝臓−脂肪シグナル軸の関与が想定可能です。実際、クッシング症候群モデルにおいてもGRmKOマウスでは筋萎縮・肥満は軽度でした。ob/obマウスを背景にGRを骨格筋特異的にノックアウトした際もステロイドによる筋萎縮と肥満はob/obマウスに比して軽度でした。これらの事実により、骨格筋GRを起点とした代謝変容が体組成や糖代謝に影響を与えることが確認できたのです(投稿中)。いずれにせよ、骨格筋GRを中心とした遺伝子転写制御による骨格筋タンパク質代謝の調節は、骨格筋−肝臓−脂肪シグナル軸を介した多臓器連関によって、個体レベルでの栄養備蓄・供給、とくに環境・状況に応じたタンパク質と脂質の使い分けを制御する高次生体システムの一翼を担っていることが伺えたと言えます。これらの研究を端緒として、ステロイド副作用である筋萎縮のみならず、骨格筋を標的とした抗生活習慣病治療の開発が進むことを期待しています。


むすびにかえて – 骨格筋研究から生体システムの統合的理解へ

 GRは全身の臓器に存在し、ステロイドは骨格筋における作用とともに、肝臓や脂肪組織などにおける作用とを協調させて個体レベルの代謝を制御していると考えられます。GRは骨格筋では異化的に働くが肝臓では同化的作用が中心です。このようなGRの多彩な働きは各組織において組織内外の情報によって合理的に調節され個体の代謝の恒常性維持に帰結させているのでしょう。骨格筋を起点にした研究からはアラニンが組織間の情報伝達に関与していることが示されましたが、それ以外にも数多くの因子が組織間の情報伝達を担っていることは容易に想像できます。すでに半世紀前、Goldsteinは、収縮した骨格筋から全身の糖代謝を亢進して糖尿病の進行を遅延させる未同定の液性シグナルが存在する、という先駆的な洞察を発信しています。2003年、PedersonはIL-6が筋収縮後に血中へ分泌されることを発見し、マイオカイン(myokine)の概念を発表しました。これまで、骨格筋からのIL-6分泌は運動時間と相関する、IL-6は小腸L細胞や膵臓α細胞に働きGLP-1を分泌させインスリン分泌を上昇させる、トレッドミルランニング後マウス血漿IL-6が上昇し血中GLP-1が増加する、などの知見が続々と発表されています。現在に至るまで、骨格筋は、IL-6以外にも、IL-7、LIF、IL-15、IGF-1、FGF-2、irisin、myostatin、myonectinなどのホルモン様物質やβ-aminoisobutyric acidなどの代謝産物の分泌によって恒常性維持・環境適応に関与していることが示唆されています。しかも、その多くは骨格筋量制御機構と分子レベルの作用基盤を共有しており、骨格筋をひとつのノードとした多臓器連関とその生物学的意義の解明は今や極めてホットな研究領域となっているのです(図8)。
 

図8 骨格筋をノードとした多臓器連関

 
一例をあげると、カロリンスカ研究所のRuasらは、運動による骨格筋遺伝子発現プロファイル変化の解析から、PGC-1α標的遺伝子としてキヌレニンアセチル化酵素(KAT)遺伝子を見出しました。ここで、キヌレニンは肝臓においてトリプトファンから合成され、脳に移行してうつ症状をもたらすことが知られています。KATは血液中でキヌレニンをアセチル化し、その結果血液脳関門を通過するキヌレニンは減少してうつ症状が軽減します。この研究により、運動とうつ症状の関連に関する新たな分子基盤が提示され、骨格筋を標的とした中枢神経疾患治療薬開発の可能性を示すものとして注目されています。また、骨格筋は運動によってカテプシンB遺伝子発現を亢進させ、カテプシンBは脳に到達して海馬前駆細胞での神経成長因子BDNFレベルを増加させ、神経細胞の増殖を亢進させることが報告されました。ヒトにおいても血中カテプシンBレベルと記憶力が正の相関を示すことが示され、運動と記憶の関連を示す新知見としてNHKでも取り上げられました。骨格筋研究はこれまで想像し得なかった展開を見せているのです。

 筋萎縮は、進行がん、心不全、慢性閉塞性肺疾患、腎不全などの終末期において共通に認められる病像でもあり、ロコモティブシンドローム、エネルギー代謝異常、感染症合併の誘因となって生命を脅かします。超高齢社会において、サルコペニア(老化に伴う筋萎縮)は大きな社会問題となりつつあります。現在のところ確実に筋量増加をもたらす安全性の高い治療は運動のみですが、実際の患者治療では実施困難なことが多く、運動を模倣する薬剤- exercise mimeticsの開発が望まれています。再生医療の実現にはまだまだ時間がかかるでしょう。近年、運動あるいは動作に伴う骨格筋の張力などの物理的パラメータ変化を「メカノストレス」と捉え、これらに対する細胞応答とその分子機構を解明する「筋メカノバイオロジー研究」が急速に進展しています。たとえば、筋収縮後にATP、Ca2+、NO、レドックスバランス、活性酸素、細胞内酸素分圧が変動して多種多様なシグナル経路が作動し、1,000種以上のタンパク質のリン酸化状態が変化することが明らかとなっています。今後、私たちをはじめとした研究者により、運動と栄養という骨格筋にとって根源的な要素のクロストーク機構を基盤にし、骨格筋と個体レベルエネルギー代謝の健康を希求する最新の医療パラダイム「メカノ−メタボ連関(カップリング)」が確立されていくと思われます。
 
 19世紀から20世紀にかけ、C. Bernard、W. Cannonによって恒常性の概念が確立されました。個体の恒常性維持には内外の環境変化への適応が必須です。個体のエネルギー代謝系も、栄養状態や身体活動状況など様々な変化に応じてエネルギー代謝を柔軟に変化させており、このような適応機構は、代謝可塑性と呼ばれ、その解明は恒常性維持機構の本質的理解に欠かせません。しかも、体外からの栄養供給に対する代謝応答には著しい個体差が存在することが明らかになったのです。代謝可塑性の根底には、「内外の多様な環境変化に応じて、エネルギー貯蔵・利用の振り分けを合理的に制御する仕組み」が存在することは自明です。ここで、体内で代謝によってエネルギーに変換できる物質の大部分は、脂質として脂肪組織に、タンパク質として主に骨格筋に貯蔵され、血中にグルコースはわずか数十kcal程度しか存在しないことから、生命活動維持のためには各臓器のエネルギー貯蔵と利用が厳格に制御される必要があります。しかし、この臓器別エネルギー貯蔵制御機構は未解明であり、個体差の生じる要因もわかっていないのです。ごく最近、エネルギー供給欠乏時における血糖の維持にレプチンを介したグルコース-脂肪酸回路が重要であることが示されました。エネルギー代謝系は複数の階層から多くの因子によって制御されている実態が明確になり、従来の要素還元的研究方法も限界に近づいているように感じます。今後、例えば数理科学的手法などによってエネルギー貯蔵の制御機構を担う分子やネットワークが明らかにされ、代謝内分泌学にパラダイムシフトが生じることを期待しています。それにより、生活習慣病などエネルギー代謝異常を伴う疾患に新たな視点からの研究が創造され、これらの疾患の介入戦略構築や個別・先制医療開発に発展することは確実です。免疫、神経、老化、がんなど多くの医学研究領域においても複雑系解析が進行しており、各領域を統合する数理科学的方法論の開発によって多様な生命現象の本質的理解が進み、臨床医学にも新しい展開があるでしょう。
 


平成30年 5月
田 中 廣 壽

 GRは全身の臓器に存在し、ステロイドは骨格筋における作用とともに、肝臓や脂肪組織などにおける作用とを協調させて個体レベルの代謝を制御していると考えられます。GRは骨格筋では異化的に働くが肝臓では同化的作用が中心です。このようなGRの多彩な働きは各組織において組織内外の情報によって合理的に調節され個体の代謝の恒常性維持に帰結させているのでしょう。骨格筋を起点にした研究からはアラニンが組織間の情報伝達に関与していることが示されましたが、それ以外にも数多くの因子が組織間の情報伝達を担っていることは容易に想像できます。すでに半世紀前、Goldsteinは、収縮した骨格筋から全身の糖代謝を亢進して糖尿病の進行を遅延させる未同定の液性シグナルが存在する、という先駆的な洞察を発信しています。2003年、PedersonはIL-6が筋収縮後に血中へ分泌されることを発見し、マイオカイン(myokine)の概念を発表しました。これまで、骨格筋からのIL-6分泌は運動時間と相関する、IL-6は小腸L細胞や膵臓α細胞に働きGLP-1を分泌させインスリン分泌を上昇させる、トレッドミルランニング後マウス血漿IL-6が上昇し血中GLP-1が増加する、などの知見が続々と発表されています。現在に至るまで、骨格筋は、IL-6以外にも、IL-7、LIF、IL-15、IGF-1、FGF-2、irisin、myostatin、myonectinなどのホルモン様物質やβ-aminoisobutyric acidなどの代謝産物の分泌によって恒常性維持・環境適応に関与していることが示唆されています。しかも、その多くは骨格筋量制御機構と分子レベルの作用基盤を共有しており、骨格筋をひとつのノードとした多臓器連関とその生物学的意義の解明は今や極めてホットな研究領域となっているのです(図8)。
 

図8 骨格筋をノードとした多臓器連関

 
一例をあげると、カロリンスカ研究所のRuasらは、運動による骨格筋遺伝子発現プロファイル変化の解析から、PGC-1α標的遺伝子としてキヌレニンアセチル化酵素(KAT)遺伝子を見出しました。ここで、キヌレニンは肝臓においてトリプトファンから合成され、脳に移行してうつ症状をもたらすことが知られています。KATは血液中でキヌレニンをアセチル化し、その結果血液脳関門を通過するキヌレニンは減少してうつ症状が軽減します。この研究により、運動とうつ症状の関連に関する新たな分子基盤が提示され、骨格筋を標的とした中枢神経疾患治療薬開発の可能性を示すものとして注目されています。また、骨格筋は運動によってカテプシンB遺伝子発現を亢進させ、カテプシンBは脳に到達して海馬前駆細胞での神経成長因子BDNFレベルを増加させ、神経細胞の増殖を亢進させることが報告されました。ヒトにおいても血中カテプシンBレベルと記憶力が正の相関を示すことが示され、運動と記憶の関連を示す新知見としてNHKでも取り上げられました。骨格筋研究はこれまで想像し得なかった展開を見せているのです。

 筋萎縮は、進行がん、心不全、慢性閉塞性肺疾患、腎不全などの終末期において共通に認められる病像でもあり、ロコモティブシンドローム、エネルギー代謝異常、感染症合併の誘因となって生命を脅かします。超高齢社会において、サルコペニア(老化に伴う筋萎縮)は大きな社会問題となりつつあります。現在のところ確実に筋量増加をもたらす安全性の高い治療は運動のみですが、実際の患者治療では実施困難なことが多く、運動を模倣する薬剤- exercise mimeticsの開発が望まれています。再生医療の実現にはまだまだ時間がかかるでしょう。近年、運動あるいは動作に伴う骨格筋の張力などの物理的パラメータ変化を「メカノストレス」と捉え、これらに対する細胞応答とその分子機構を解明する「筋メカノバイオロジー研究」が急速に進展しています。たとえば、筋収縮後にATP、Ca2+、NO、レドックスバランス、活性酸素、細胞内酸素分圧が変動して多種多様なシグナル経路が作動し、1,000種以上のタンパク質のリン酸化状態が変化することが明らかとなっています。今後、私たちをはじめとした研究者により、運動と栄養という骨格筋にとって根源的な要素のクロストーク機構を基盤にし、骨格筋と個体レベルエネルギー代謝の健康を希求する最新の医療パラダイム「メカノ−メタボ連関(カップリング)」が確立されていくと思われます。
 
 19世紀から20世紀にかけ、C. Bernard、W. Cannonによって恒常性の概念が確立されました。個体の恒常性維持には内外の環境変化への適応が必須です。個体のエネルギー代謝系も、栄養状態や身体活動状況など様々な変化に応じてエネルギー代謝を柔軟に変化させており、このような適応機構は、代謝可塑性と呼ばれ、その解明は恒常性維持機構の本質的理解に欠かせません。しかも、体外からの栄養供給に対する代謝応答には著しい個体差が存在することが明らかになったのです。代謝可塑性の根底には、「内外の多様な環境変化に応じて、エネルギー貯蔵・利用の振り分けを合理的に制御する仕組み」が存在することは自明です。ここで、体内で代謝によってエネルギーに変換できる物質の大部分は、脂質として脂肪組織に、タンパク質として主に骨格筋に貯蔵され、血中にグルコースはわずか数十kcal程度しか存在しないことから、生命活動維持のためには各臓器のエネルギー貯蔵と利用が厳格に制御される必要があります。しかし、この臓器別エネルギー貯蔵制御機構は未解明であり、個体差の生じる要因もわかっていないのです。ごく最近、エネルギー供給欠乏時における血糖の維持にレプチンを介したグルコース-脂肪酸回路が重要であることが示されました。エネルギー代謝系は複数の階層から多くの因子によって制御されている実態が明確になり、従来の要素還元的研究方法も限界に近づいているように感じます。今後、例えば数理科学的手法などによってエネルギー貯蔵の制御機構を担う分子やネットワークが明らかにされ、代謝内分泌学にパラダイムシフトが生じることを期待しています。それにより、生活習慣病などエネルギー代謝異常を伴う疾患に新たな視点からの研究が創造され、これらの疾患の介入戦略構築や個別・先制医療開発に発展することは確実です。免疫、神経、老化、がんなど多くの医学研究領域においても複雑系解析が進行しており、各領域を統合する数理科学的方法論の開発によって多様な生命現象の本質的理解が進み、臨床医学にも新しい展開があるでしょう。


平成30年 5月
田 中 廣 壽

参考文献(私たちの研究成果以外のもの)
 

  1. Cohen DM, Steger DJ : Nuclear Receptor Function through Genomics: Lessons from the Glucocorticoid Receptor. Trends Endocrinol Metab 28 : 531–540, 2017.
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  3. Schakman O, et al : Glucocorticoid-induced skeletal muscle atrophy. Int J Biochem Cell Biol. 45 : 2163-2172, 2013.
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